エジプト住み込み記

エジプトに やってきた

ザマ―レク雑感

 

 

 死ぬのは怖い。

 

 

 

 

 普段の生活で死を意識することは殆どない。これは、日本にいてもエジプトにいても一緒のことだ。

 

 

 

 

 水準は違えどみんなに当たり前の生活があり、よほど極度の貧困状態でない限り、死と隣り合わせで生活するということもない。

 

 

 

 

 

  カイロの治安は最近は比較的安定しており、死ぬとすれば交通事故ではないかな、ぐらいな気持ちで生活している。

 

 

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 最近、ザマ―レク地区に足を運ぶことが増えた。

 

 

 

 ザマ―レク地区では、いわゆる「富裕層」の人々が生活をしており、外国人の数も多い。別に、ここにきてエジプトが嫌になったので外国人地区に足を運んでいるのではない。あと3週間足らずでカイロから身を引く自分の今のミッションが「お土産集め」であるからだ。あそこには、おしゃれでそれなりにかわいい、日本に持って帰っても恥ずかしくないクオリティのお土産がわんさか置いてある。勿論、エジプトとは思えないぐらいの、いいお値段なんだけど。

 

 

 

 

 

 

 とかくこのザマ―レクは、おしゃれで、静か(動物のようなエジプト人が大量に住むダウンタウンで日々を生きる自分からすれば、とりわけ静かで最早不気味なレベル)。

 路上駐車はエジプトクオリティだけど、停まっている車はBMWフォルクスワーゲンなど。さすが、日本の名だたる商社やマスコミの駐在員様方が生活をしている地区というだけはある。

 5つ星ホテルも立ちならぶ。中でもマリオットホテルは、海外の要人たちが集まって泊まり、会議をするような場所だとかなんとか(半そで半パンでホテル内に立ち入り可能なのは一体)

 

 

 

 

 

 

 

 生活するエジプト人も、明らかにダウンタウンどうぶつの森)に生息するオランウータン(野生のエジプト人)とは品格が違う。自分はオランウータンサイドの人間なので何とも言えないが、外国人という特権を活かしてザマ―レクの富裕層になんとか溶け込み、よさげなお土産を物色しては買わずに店を立ち去る迷惑な客になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、本日もここザマ―レクに足を運び、よさげなお土産に目星をつけては、グーグルマップにメモをつける作業を繰り返していた。意外と、お金を使うのには慎重で、今のところは下見を続け、気分が乗った時に一気に買ってしまおうと思っている。ビーズアートや刺しゅうなど、日本で買ったら「ハンドメイド」の名のもと高額な値札が貼られているであろう商品が、1000円そこらで並んでいる。まぁエジプトの1000円はコシャリ12杯分なのでなんとも言えないところだが、お土産を受け取る人間は日本人なので、そこは日本人の感覚で選んでいくべきかなぁ。。。なんて財布と相談しては涙を流している(日給600円なので)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつんとナイル川の中州に浮かぶこの地区を歩くと、川から吹いてくる風が気持ちいい。もう秋だ。ナイル川沿いは若者のデートスポットで、恐ろしい数のエジプト人カップルが川沿いに並んでべたべたしている。お前たち、夜のナイル川でセルフィ―撮ってもいい写真とれるわけなかろーもん。

 

 

 

 

 

 

 

 散歩を続けると、少し緊張感の漂うエリアを何度も通過する。大使館だ。ここザマ―レクは、治安も安定しているため、各国の大使館が集中的に置かれている。が、昨今はこの大使館がテロの標的になる場合が多い。この前も、アメリカの大使館で可燃物を持った男が立ち入ってどうたらこうたら、とかいう話があった。大使館のテロがらみで旅レジ(日本大使館に登録する海外渡航者届)からメールが来た数も両手では足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 日曜のザマ―レクはいつもより静かで、前述の通り不気味だ。大使館の前を歩くときは、緊張する。銃を持った警察官(軍関係者)がじろじろこちらを見てくる。別に大使館自体に緊張感はないんだけど、なんだかね。自分の横を車が通ろうものなら「爆発するのでは!?」と一瞬警戒してしまう。今日なんかは、突然車がバックで下がってきて、このまま爆発するのではと本当に焦った。いや、ばかばかしい話ってのは百も承知だけど、大使館前を通るときは、なんだかいつもより死に近い気がする。

 

 

 

 

 

 

 なにもあるわけない。日本で地震が起こる前もそう。エジプトでテロが起こる前も一緒。普段はそんなこと、頭の片隅にもないのに、ある日突発的に、理不尽に命を奪われる可能性を孕む世界。当たり前の事実に、なぜか大使館を通して気付く、意識する。変なの。俺だけか。

 

 

 

 

 

 死ぬかも、と思うと、必死に生きれるらしい。常に今日が人生最後の日だと思って生きるといいとか、誰かが言ってた気がする。そりゃそうなんだけど、そんなこと誰が普段から思うのよ。自分は臨死体験をしたことがないので、まだ本気になれない。けど、なんだか今日は、大使館を通った時に、ふと、死ぬかもしらんと思った。買わなきゃ後悔する気がして、コシャリの5倍の値段のノートを買った。インドの下調べをしてメモを残すやつが前々から欲しかったのだ。未来のインドの確定予定を立てて、今日は絶対に死なないという、根拠ともいえない根拠が欲しかっただけな気もする。

 

 

 

 

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 ダウンタウンに戻ってくると、ホテルの前の通りで果物を売っているおっちゃんが「りくぅ~」と声をかけてきた。知らないクソガキが「中国人~」と煽ってくる。なんだか安心した。ここじゃ死なない気がした。多分、自分には、静かで不気味な富裕層地区よりも、野生のエジプト人が住むどうぶつの森の方が向いている。

 

 

 

 

 

 

 そういえば、明日は月曜なのに仕事が休みとかなんとか聞いたので何かと思ったら、日本は敬老の日らしい。我が家のじじばばは4人中3人が健在で、1名は天国からカイロ生活を見守ってくれている。何となく、普段ログインすらしないSkypeのクレジットにチャージを入れてみた。誰しも死ぬ前に後悔は少ない方が良い。

チップの話。

 

 エジプトにおけるチップ事情は非常に厄介だ。

 

 

 

 

 道を歩けば、砂で汚れた薄汚い老人が手を伸ばしてくる

 

 

 

 

    建物の入り口では、民族衣装を着たおじさんが80%の確率で絡んでくる。

 

 

 

 ホテルについてスタッフが荷物を運んでくれたと思えば、満面の笑みでドアの前に立っている。

 

 

 

 ツアーが終わったのに、ドライバーやガイドが付いてくる。

 

 

 

 みんな、チップが欲しい。

 

 

 

 

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 エジプトにおけるチップの、もともとあった土台は、富めるものが貧しきものに、善意を以って分け与える「バクシーシ」。イスラム教の中で善とされる5つの行いにも入る喜捨(ザカート)は、それなりに徳の高い行為である。

 

 

 

 

 

 現に、例えば地下鉄に乗っていると、何やら泣き叫びながら歩くおばさん(耳を澄ますと、どうやら自分の子供の年齢を言ったり、職がないことを言ったりしている気がする)に、すっと小銭や札を渡すエジプト人は驚くほど多い。日本なら即座に変人扱いになるであろう彼らを、エジプト人、いやイスラム教徒は見過ごさない。

 

 

 

 

 

 

 本来は宗教的な行為である喜捨(ザカート。また、これにて渡されるお金を俗にバクシーシと呼ぶ)を理由に、観光客から大量のお金を巻き上げる悪質な客引きが大量にいることは言うまでもなく、エジプト・モロッコが世界3大うざい国なるものにランクインする一因になっているらしい。(ちなみに、僕はエジプトがうざい国だとは別に思わない)

 

 

 

 

 

 

 そしてこのバクシーシに混ざるのがチップ。チップは、欧米的な(?要確認?)発想で、いわゆる心づけ。サービスを受けた客が、個人的に渡すお金。国によっては、このチップがもらえることを前提で給料を組んでいるため、生活の生命線になりうるお金だ。

 

 

 

 

 

 

 この2つが混ざったことにより、エジプトにおけるチップ事情は他国のそれより厄介なことになる場合が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 エジプト人のサービス業に従事する人間の大半は、何かのサービスをした段階でチップを要求してくることが多い。そもそもチップというのは「要求」するものではないのだが、ここで彼の持ち出す理論はバクシーシのそれである。「宗教的にもらって当然と言わんばかりのスタンス」と「お前たち金持ちなんだからこのぐらい払えや」という気持ちがにじむ超高圧的な態度。なんというすり替え。。。

 

 

 

 理論に押し負け、大体の日本人は必要とされる以上のチップ(これをぼったくりと呼ぶ。チップに300ドルなど基本的にはあり得ない)を払い、ついでにエジプトに「3大うざい国」の烙印を押し、(自分の勉強不足でぼったくられたくせに)、日本に帰国するのである。

 

    チップとバクシーシは違うものなので分けてほしい。バクシーシは本来もっと純潔なものなのだ。

 

 

 

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 さて、ここで僕のチップに対する意見を言うと、チップというシステム自体は非常に合理的なものである、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 理由は単純で、「自分が頑張ってる、何か成果を出している」のをその場で実感できることは、承認欲求や自尊心を満たすうえで効果的だし、それが結果として仕事への情熱を生み出すきっかけになりうると思うからだ。

 

 

 

 

 

 

 たとえば、完全歩合制の仕事である場合、やればやるだけ金になる。自分の努力が、目に見えて成果や報酬に反映されれば、やる気になる。頑張れる。ダメだった時も自分で責任が取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、日本におけるほとんどの接客業は、会社から固定給、固定時給を貰うパターンが大半。残業代はともかく、日ごろの仕事において、「どれだけ忙しく、どれだけ一生懸命、どれだけ休憩時間を削って、どれだけお客様に対し親切にして」働いても、固定給18万、時給1000円の現実は絶対に変わらない。上の人間に搾取され、税を課せられた給料は、自分の働いたという実感以上に少なく感じられる場合が多いのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時に、対応したお客さんからすっと「対応ありがとう」とお金を貰えたら。単純に仕事に対する頑張りも増すだろうし、「会社の中で1つの歯車となってこき使われる自分」という意識から、「お客さんを自分の手で満足させられる」という個人の意識につながるかもしれない。何より「自分が頑張ったから、もらえたお金」という実感が、給料のそれとは桁違いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 サービス業から人手が少なくなっている傾向は、数年前から日本でも顕著だが、仮に日本にチップサービスを導入したらどうか。コンピュータ(もはや古い?)やロボットが仕事を代わりにやっていく中で、人間が働くことにやりがいを見出すきっかけとして、チップが一役買うのではないか。悪い話でもないと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 日本でチップが根付かない理由はいくつかある気がするが、一番の理由は気持ちの問題というか、サービスに対する考え方だろう。何か人がしてくれた親切に対して金を払う、というのが汚いやり方のように思える日本において(賄賂とかのせいか?)、チップシステムは適用しづらいかもしれない。金で人の親切を買うか、と。

 

 

 

 あとは「もうサービスに対して金払ってるやん」という考え。これはどうなんだろう。前はそう思ってたけど、エジプトで生活し始めて考えが変わった。例えばホテルに対しては客は部屋代しか払ってない。よく考えれば、部屋まで荷物を運んでくれることに対しては、対価を払うのが確かに真っ当だ。お金は交換なんだから。無形であれサービスを受けたなら払ってなんぼだろう、という。それを払わずお客様に対する無償のサービスとするのが日本の美徳なんだけど。

 

 

 

 

 あとは、もし導入したら、もうただですら経済的に厳しいのにお金なんかこれ以上払ってられるか!という精神的な抵抗も、生まれそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 物理的な理由として、「札がない」というのが一個あるのではないか。ドルでもポンドでも、小さな単位のお金に札があると、チップとして渡しやすい。重くないし、クシャっとして渡せるし。日本で最小のお札は1000円で、これはさっと渡す感覚の額ではない。ただ、100円玉2,3枚渡すのもなんだか違う。神社の賽銭か募金箱か、って感じ(間違いなく関係ないけど)。いや単純に重いしジャラジャラなるし、鬱陶しいじゃない。

 

 

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 ただ、じゃあ日本にチップのシステムを導入するとなるとそれも違う。そもそもチップはサービスを受けた人間からの、お礼なり心づけなわけであり、国が主導したり、上の人間が「こういうシステムを作ったので次回から渡してください」というやつではない。あくまでこちらの感謝なり、「頑張ってくれ」という気持ちを伝えるものであるべきだ。やはり、チップ導入自体、現実的ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それならせめて、ありがとうって言おう。何か感謝の気持ちを示そう。サービスを受けて当然、というスタンスじゃなくて。そういう一言が労働者のやりがいになりうるんだったら、無言よりはいいでしょう。綺麗ごとかもしれないけど、仕事で疲れてるときにお客さんにありがとうって言われるのは、意外に嬉しいものなのだ。日本に帰ったらそういうとこ大事にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、エジプトで世界を感じ、自分の価値観やスタンス、生き方を見直す作業もあと3週間。

 

 

 

 

 

 ここで得たものを、次の1か月のインドでどのぐらい昇華できるだろう。もしかしたら、そんな価値観すらも裏切るバカみたいなことばっかり起こるんだろうか。

 

 

 

 

 

 今はもう当たり前になってきた第2のホームタウン、カイロ。しかし感覚を研ぎ澄まして見渡せば、新しい価値観や経験を得られる瞬間はその辺にゴロゴロ転がってる。

 

 

 

 

 

  大食い選手権にでも出てる気分でどんどん摂取して、より精神的に豊かな人間になっていきたいなぁと思う。ぼちぼち。

 

 

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 そういえば砂漠2回目行ってきた。今回は天気も良くて寒くないしなかなか良かったなぁ

 

 

 

 

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とまぁ、今回はこんな感じです

 

 

 

言語学習と楽器の練習

 

 

 最近、アラビア語を訓練しながら思っていることがあります。

 

 

 

 

 

 

 会話習得をゴールと設定する言語学習は、どうもその過程が楽器の練習っぽい。

 

 

 

 

 雑に言うと 言語習得≒楽器の練習 です。

 

 

 

 

 

 中学、高校と英語の文法を叩き込まれ、たいして英語が話せないまま(これに関しては自身の努力不足であり、別に教育システムのせいにするつもりはない)大学生になったわたくし花崎は、外国語学部のくせに外国語習得に関し非常に苦手意識があります。

 

 

 

 

 

 

 大学4年間も、アラビア語の「文法」「読解」をゴリゴリ授業でやっていき、ふたを開けてエジプトに来てみれば「さっぱり喋れない」ありゃまぁ。

 

 

 

 

 

 

 前述の通り、今になって「日本の英語教育が悪い」だのなんだの言うつもりは無いんですが、「なんで今まで喋れるようにならなかったのか」、そして「なんで今さら喋れるようになってきたのか」ぐらいはちゃんと考察しないとなぁ、と。

 

 

 

 

 

 (言語学習と楽器の練習が似てるものなら「なんでドラムをうまく叩けるようにならないのか」と質問がすり替えられるはずなので、詭弁ですがこれで話を進めます)

 

 

 

 

 

 

 

 さて、考えてみましょう。ドラムを上手くなりたいAさん。日々黙読で楽譜を読んでいます。来る日も来る日も、楽譜に目を通す。全然ドラムには触りません。音楽は聴きます。この演奏がかっこいいなぁぁぁとか思いながら、聴いて楽譜に目を通します。

 

 

 

 

 

 Aさんは、ドラムを叩けるようになるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 多分ならないですよね。

 

 

 

 

 

 

 ドラムスティックも持たずにずっと楽譜を黙読、音楽をいくら聴いたところで、それを表現する練習をしないと叩けるようにはなりません。

 

 

 

 

 

 

 外国語学習に置き換えてみましょう。単語帳を黙読しながら、音声を聞き続ける。みんなやりませんか?僕はめちゃくちゃやってましたこれ。

 

 

 

 

 

 果たして話せるようになるでしょうか。

 

 

 

 

 

 多分、なりません。聴いて分かるようにはなっても、話せません。

 

 

 

 

 

 

 話す、ということをゴールに据える場合、以下の運びが必要です。

 

 

 1.伝えたいこと頭でイメージする

 2.イメージを文に変換する

 3.文を口や喉の筋肉を使って音にする

 

 

 

 

 単語帳を黙読して、音声を聞いていけるところは、せいぜい2まででしょう。黙読では、「イメージした音を自分の筋肉や器官で再現する」練習ができません。

 相手に話しかけられた時に、とっさに言葉が出てくる人は、頭の中に文の形が入っているだけでなく、「その文を瞬時に音にする筋肉が鍛えられている」のです。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに楽器練習との相関性に関して

 

 楽器練習→外国語学

 

 演奏を聴く→音声を聞く

 

 楽譜を目で見る→本を黙読する

 

 音楽理論や楽器の仕組みを学ぶ→文法を学ぶ

 

 個人演奏の練習をする→音読

 

 バンド演奏→会話(他人の話を聞かなあかんとはまさに)

 

 基礎練習→ボキャビル・発音矯正

 

 

 

 こんな感じ?

 

 

 

 

 こう考えると、今まで中高と自分がやってた英語学習では、英語なんか喋れるようにならんよね。。。というのがよくわかる。楽器でいうなら、ずーっと楽譜黙読して音楽理論勉強してたわけやから笑 

 

 

 

 

 

 

 これらを踏まえて、「どうやったら早く外国語を話せるようになるのか」を「どうやって効率よくドラムが上手くなるか」をもとに仮説を立てると

 

 

 

 

 【ドラムの場合】

 

 1.たくさん見る、聴く。リズム、どんな拍にどんなフレーズが入るのかとか、フレーズ蓄積

 

 2.同時並行で基礎を固める(スティックの持ち方とか、フォームとか)

 

 3.上記2つができたら、実際にたくさん叩いて練習する

 

 4.1-3を繰り返しながら、叩けるフレーズを増やしていく

 

 

 

 

 

 【ゴールを話せることと設定した外国語学習の場合】

 

 1.まずたくさん聴く。リズムをつかむ、その言語独特の音になれる。

 

 2.同時並行で、基礎を固める(発音矯正・ある程度の文法)

 

 3.上記2つができたら、音読の練習を徹底的にする

 

 4.1-3に慣れてきたら、話せる文を増やすべく、語彙を増やす。

 

 

 

 

 

 

 これが、自分が最近立てた、「ゴールを話せることと設定した外国語学習」の最短ルート仮説です。結局外国語を話せるようになるのって「勉強」より「スポーツ」や「トレーニング」に近くね?というあれです。そう考えたら、なんかちょっとやる気がでてくるね。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、耳コピが大事なのも言語学習と楽器練習で同じ。聴いた音をその通り反映する訓練をすると、ドラムのスキルが飛躍的に上がるように会話スキルもあがります。

 

      プロの叩くフレーズが本物なのと、ネイティブが喋る言語が本物(ただし、文法的に正しいとは限らない)なのも一緒。物まねが上達の近道。

 

 

 

 

  あとこれはエジプトにきてからの発見なんですが、外国語を習得するうえで別に留学は必要ありません(今更) 。

 

 

    うちのエジプト人の日本語ガイドは、日本に一回も行ったことないくせに日本語ペラペラなので。これはほんまにびっくりしましたが、楽器で例えるなら要するに「ライブに一回も出たことないけど徹底的に練習したドラマー」みたいな感じなのかなって思ってます。留学は必須ではないってことです。その気になって自分でトレーニングすればある程度の水準までは達することができます(ただし、ある程度の教材は必要、さらにその過程でいかにモチベーションを維持するかという問題は生じるが)

 

 

 

 

 

 

 せっかく自分なりの外国語を最短で話せるようになる手段(仮説)を立てたので、日本に帰ったら英語か、別の言語で実験してみようと思います。

 

 

 

 

 

 言語とかスポーツ(個人)とか楽器ってのは、結局訓練だし運要素がないので、やっただけできるようになり自信もつくし精神衛生にも良いし、暇つぶしの趣味にはもってこいです。では。

連投③ 乗合バスの戦い

(これで終わります)

 

 

 

日本人の印象は、世界の国によって違います。

 

 

 

エジプトにいて日本人のイメージがどうかというのは、一概に言える話ではありませんが、僕の肌感覚だと「礼儀正しい人」「中国人よりいい」といわれることが多いです。

 

 

 

 

 

それに次いで多い回答が「スズキ!ホンダ!ニッサン!グッドカー!べりーぐっど!!!!」これですね~

 

 

 

 

 

 

それもそのはず。エジプトにてそこらじゅうを交通ルールガン無視で爆走するミニバスをみると、ほとんどがスズキのミニバンの型落ち。日本で車検に引っかかる車でもエジプトなら走ればウェルカム。(絶対的な情報源があるわけではないですが、おそらく日本でダメになった車を輸入してる人がいるんじゃなかろうか。)

 

 

 

 

 

今回はそんな乗合バスの話。

 

 

 

 

 

 

乗合バスは、エジプト庶民の味方です。メトロはカイロ中心部こそ発達しているものの、そのメトロから外れるときや、ちょっと辺鄙なところにいきたいときは、この爆走乗合バスが非常に便利。

 

 

 

 

 

 

7ー8人乗りぐらいのバンに人間を詰込み、割り勘でぶっ飛ばします。以下基本情報。

 

 

 

 

・行先は決まっている。その過程で降りたいところに降ろしてくれる

 

 

 

・相場は20円~高くて30円でめっちゃ遠くまでいける

 

 

 

・お客から割り勘でお金を集め、1台当たりいくらで走る、と決まっている

 

 

 

・上記の理由で、満員になるまで発車しない(赤字になるから)

 

 

 

エアコンは効かないことが多い(男だけだときつい)

 

 

 

スピードメーターは回らないことが多い

 

たまに10人ぐらい詰め込んでドアから半身乗り出しになる

 

 

 

ドアが閉まらないことが多い(怖い)

 

 

 

・ドライバーが驚異的な運転テクを発揮する(なかなかの神業)

 

 

 

・けどたまにぶつかる(本当に怖い)

 

 

 

・走ってる途中のくせに運賃を集め始めて事故りかける

 

 

 

 

 

 

など、まぁ癖の強いバスなのです(もう慣れたのであっさり行きます)。これを乗りこなして好きなところに行けるようになったら、エジプトでの生活には何ら困りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、僕も各地に足を運ぶ際にはこの乗り合いバスを使うことが多く(金がない僕にタクシーという選択肢はない。金持ち留学生に中指を立てながら乗合バスに今日も身を投じる)やっと最近慣れてきました。

 

 

 

 

 

さて、この前、シティスターズに行った時の事。

 

 

 

 

 

 

この乗り合いバス、バス停における30分ほどの待ちは普通。車の中で何をするでもなく、ただバスが満員になるのを待ちます。

 

 

 

 

 

 

ぼーっ

 

 

 

 

 

 

 

 

次第に増えてくる人。ただこの日はちょっと違いました。30分過ぎても、なぜか人が集まらない。次第にドライバーもイライラしてきて、責任者にこの人数で車を発進させていいか確認を取りに行きました。

 

 

 

 

 

 

確認を取りに行くのももっともです。

 

 

 

 

運賃を一人5ポンドと仮定しましょう。

 

 

 

10人乗せて走れば50ポンドとれるところを、4人だと20ポンド。ガソリンが昨今値上がりしたことも考慮すると、4人で走らせればこれは大赤字です。

 

 

 

責任者と話をつけて帰ってきたドライバー。やっと出発か。。。

 

 

 

 

 

ドライバー「おい、日本人」

 

 

 

わい「何?」

 

 

 

ドライバー「お前早く行きたいだろ?」

 

 

 

わい「うん、そりゃね。30分待ったし」

 

 

 

ドライバー「お前が早く行きたいなら、残り5人分払ったらすぐに車出してやる」

 

 

 

 

 

は?????????????

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと待て。つまり、外国人でノーを言いそうにない俺に、君たちの赤字を負担しろというか。え?なめてんのか。絶対に5ポンドしか払わんぞオヤジ。

 

 

 

 

 

 

わい「みんな待ってるんやからみんなで割り勘したらよかろーもん」

 

 

 

 

ドライバー「いや、こいつらはいつものことやから慣れてる。お前は今イライラしてる。だから急いでやる。

 

 

 

 

いや急いでんのお前じゃん。

 

 

 

絶対バス早く出して回転上げたいだけじゃん。

 

 

 

 

 

 

こうなったが最後。僕もエジプト8か月の意地で粘ります。

 

 

 

 

 

 

わい「俺は夜10時まででも待ったるわドアホ」

 

 

 

 

ドライバー「いや、でももう30分も待ったじゃん。俺次のバス出したいし。」

 

 

(理が通っているようで全く通ってない。それはお前の都合だ)

 

 

 

 

 

 

 

結局、戦いながら待つことおよそ1時間。

 

 

 

 

 

なんとかバスは満員になり、出発しました。

 

 

 

 

 

ふぅ。。。。謎の達成感。。。。

 

 

 

 

 

 

このやり取り、もう何回目ってぐらいの話なんですが、いつもやった後に思うんです。

 

 

 

 

 

 

 

仮に僕がバス全額出しても50ポンド(≒300円)。1時間待つことを考えたら、時給換算でどう考えても金を出して早く出発させた方が得なんです。1時間を300円で買えるわけなので。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、乗り合いバスに何十ポンドも出すなんざ、感覚的に許せない(日本からきてすぐならまぁいっかと思ったことだろう)。

 

 

 

 

 

「ほかの人は5ポンドしか出さず、外国人である僕だけが残りの空席分を負担する」この理を通されるのが悔しいのもあって、毎回戦ってしまいます。変なところがエジプト人になってきてるなぁと実感。

 

(エジプトにおいては、その論が客観的に正しいかは関係ない。雰囲気がなんとなく合理的で筋が通っていればそれでよいのである)

 

 

 

 

 

言ったもん勝ちの風潮があるエジプトで強く生きること

 

これは自分を鍛えているようで、日本に帰ってからの自分を苦しめているようでもあります。不思議な感覚です。

 

 

 

 

 

 

ただですら自己中だったのに磨きがかかっていないか心配です。。。みんな日本に帰ったらエジプト人っぽくなった花崎と一緒に遊んでね。。。。

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ日本人の血も注入し直したいと思う今日この頃。エジプト人の言う日本人の印象に合わせてみようかしら。

 

 

 

 

乗り合いバスの話 ~終~

 

 

 

※写真はこのバスで向かったシティスターズです。日本のモールとなんも変わらん。

 

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連投② 光と音のショーに行った話

 

 

えー続きまして(話が長い)

 

 

 

 

先日ピラミッドの光と音のショーに行った話。

 

 

 

 

ピラミッドが夜ライトアップされているのは有名な話ですが、どうやらお金を取ってショーみたいなのものをやっているらしいぞ、と。

 

 

 

 

 

 

朝シフト(~16時)までが終わり、暇を持て余していたのでちょっくら参戦してきました。

 

 

 

 

 

 

ピラミッドまでは片道約1時間。地下鉄とバスを乗り継ぎ、出来損ないの客引きたち(修行不足)をあしらい目的地へ。これが意外にしんどい。途中の地下鉄バスはエアコンなしだからね。

 

 

 

 

 

エジプトは、日本の国土の2.6倍の広さがありながら、国土の殆どが砂漠であるために住めるエリアはそのわずか4%。九州より狭いです。そんなとこに1億人を超える人口を抱えてるので、その混雑具合も想像がつく(1周回ってつかない)ってもんです。本当に移動が疲れる国なんです。どこからこんな数の人間出てきたのって感じです。

 

 

 

 

 

 

さて、もうピラミッドには何回か通ってるので、ちょっとうっとおしい移動ルートぐらいなら何とかなります。ピラミッド到着。

 

 

 

 

 

 

 

光と音のショーは20時半からの模様。周りにいる南米人らしき人たちの写真係をやったりしながら、開演を待ちます。

 

 

 

 

 

 

この光と音のショー、ピラミッドエリアに大量のパイプ椅子が並べられており(中学高校の卒業式とか学祭を思い出すアレです)、ちょっと異様な光景。夜の砂漠に、うっすらとスフィンクスの影が浮かびます。

 

 

 

 

 

 

 

座って持ち込んだ飯を食っていると

 

 

 

 

 

 

ヘッヘッヘッヘッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野犬おるやんけ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

どうやら野犬もピラミッドを観光しに来た模様。

 

 

 

なぜか野犬ととなりで一緒に飯を食いながら待機。

 

 

 

 

 

 

 

 

でーんででデデーン

 

 

 

 

 

 

うぉぉ・・・なかなか強烈な音響・・・壮大な音割れ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

まぁしかし、ピラミッドが光に照らされている姿はなんだかんだ言って神々しい。

 

 

 

 

 

 

 

ここから、各ピラミッドの王様たちの歴史が語られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

jsふおwろhgりょあpgry

 

 

 

 

 

 

いやスペイン語やんけ。

 

 

 

 

 

 

 

なんか南米の人多いと思ったらそういうことかい。。。。。。

 

 

 

 

 

そういえばこの光と音のショー、英語とアラビア語以外にも日替わりで5個ほど言語あるって言ってたのすっかり忘れてた。。。ホテルスタッフ失格。。。。。

 

 

 

 

 

というわけで、語られる王の歴史をなぜかスペイン語で鑑賞することに。

 

 

 

 

 

ぜんっぜんわからん。。。。。。

 

 

 

 

 

 

スペイン語は、歴史的に考えてもアラビア語と共通の単語が多く、たまに「ん?」と引っかかることが多い言語なので、次にやるならスペイン語かな。英語とアラビア語の知識がフルに生かせそうなので。)

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、各王様の説明が終わり、クライマックスらしいところがやってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャーンジャンジャンジャンじゃーん

 

 

 

全てのライトが落ちます。

 

 

 

 

 

 

うわー、絶対これ最後にバーンって一気にピラミッド照らして終わるやつだ。。。

 

 

 

 

 

 

 

盛大な観客への期待を背負ったピラミッド(迷惑。みんなカメラを構えます。

 

 

 

 

 

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

ピラミッドの向こうから小さな光が。

 

 

 

 

 

 

これも演出なのか???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光はだんだんこちらに近づいてきます。

ん。。。。。。。。?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブォォォォォォォぉぉぉん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでショー中に関係ない車走ってんねん

 

 

 

 

 

 

 

 

※ピラミッド内には道路があり、車の入場券さえ取れば車で乗り入れ可能なのである。

 

 

 

 

 

 

 

完全に雰囲気をぶち壊した後で、なんか申し訳なさそうにライトを落とす乗用車。いやもう遅いやん。お前一番いいところでばっちり車のライトつけてピラミッドエリア爆走してるやんって。そらあかんやろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一番でかい最後のライトアップも車の登場で完全に雰囲気ぶち壊し。

 

 

 

 

 

 

 

 

終了後の拍手もまばら、みんなトボトボと帰路につくのでした。。。ちゃんちゃん。。。

 

 

 

 

 

 

※最後の最後まで突っ込みどころ満載の光と音のショーは200ポンドにて毎日催行中です。ぜひわかる言語にて鑑賞しましょう。

 

 

 

③に続く

 

 

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連投① 8か月が過ぎました

 

 

みなさまこんにちは。

 

 

 

お盆シーズンも次第に終わりを告げつつあるベニスホテルから、花崎です。

 

 

 

80連勤でそろそろ心が病みつつある今日この頃です。(疲れた)

 

 

 

客層も大学生が増えてきて、夏休みの到来を実感しております。(キラキラ大学生が苦手なので接客しててつらい)

 

 

 

 

 

※今回は、お盆期間に書きだめてた3本を連投します。

①は全く面白くない話、

②③も面白くはないがエジプトの経験を切り取った話です。

 

 

 

 

 

 

さて、気付けば僕のエジプト滞在もあと1か月半。そろそろ、この留学(海外渡航?)にて学んだことをまとめる段階に入ってきています。

 

 

 

 

 

 

学んだことは数知れず。そりゃそうですね。日本とは全然違う国で8か月も働きながら現地人さながらの生活をしてるんですから、毎日が勉強みたいなもんです。自分ではあまり実感はありませんが、たぶん色々変わりました。たぶん。

 

 

 

 

一言で表すなら「人生を楽しむためのキー」みたいなのをつかんだ感じです。

生き方だったり、物事に対するスタンスだったり、思考の方法だったり。これらは帰る前に時間をかけてすべて言語化して忘れないようにまとめます。(言葉にするとチープになるとか言うけど、僕は言語化はとても大事な作業だと思っているので)

 

 

 

 

 

 

その「人生を楽しむためのキー」の一つとして最近非常に強く実感していること

 

 

 

 

 

 

知識は大事。好奇心はもっと大事。

 

 

 

 

 

 

 

これです。

 

 

 

 

 

 

別に自己啓発的なことを言いたいわけではありません。ただ、こっちで生活してて、これほんまに大事なことやな、と日々思ってます。

 

 

 

 

 

 

①知識に関し

 

初めてピラミッドを見たのは2年半前。1週間だけエジプトに行った時の事。あの時は「でかっっっっ!!!!」と思った、それだけでした。

 

 

 

 

 

 

なんかまぁ凄いのはわかる。けどその「凄さ」が何なのかは、さっぱりわからない。

 

 

高校の時の世界史の記憶は彼方に葬り去られ(先生ごめんなさい)、目の前にある事象の凄さが自分の知識の定規で測りきれない。結局「はぁ、でかかったな」「それ以上に周りの客引きがうざかったな」そのぐらいで帰ってきちゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから2年、2度目にピラミッドを見た時、改めて感動しました。

 

 

 

 

 

 

 

なぜか。多分答えはこれです↓

 

 

 

 

 

 

(仮説)ピラミッドに関する知識をホテルで詰め込みまくったから。

 

 

 

 

 

 

 

そう。2回目の僕は、ピラミッドに230万個の石が使われていること、その石1個の重さが約2トン(≒乗用車1台)あること、一番重い土台の石は15トン(≒トラック)の重さがあること、それが機械も何もない今から4500年前に作られたこと、石はその辺にあるやつじゃなく、ずっと遠くから持ってきたものであること、上から見ると実は8角形であること(!?)、方角も測れること、地震が来ても壊れない工夫が施されていること、ピラミッドの角度は手から砂を落として自然にできる砂山の角度と同じことなどをガイドから聞き、詳しく知っていました。

 

 

 

 

 

 

「ピラミッドの何がすごいのか」を測れるようになって、そのすごさを「自分なりに」解釈することに成功したからだと思うのです。

 

そして知っているからこそ、その先の想像が広がる。「この15トンの土台の石をどうやって運んだんだろう」「そもそも石をどうやって切り出したんだろう」「どうやって高いところに積み上げたんだろう」と。ピラミッドにはそんな力があるんです。

 

 

 

 

 

 

 

お客さんがピラミッドから帰ってきて「あーこれがピラミッドね、って感じだった。15分見て帰ってきた。客引きがうざかっただけやったわ」みたいな話をしてるのを聞きながら、「そんなことないと思うけどなぁ」と。

 

 

 

 

 

 

人の感性を正面から否定するつもりはありませんが、それはちょっとあなたが勉強不足なのもあるんじゃないの、と。

 

知識ってのは大事やなぁと思い始めるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、知識を入れて自分の定規を作ることは、落とし穴でもあります。「その定規がすべてだ」って思っちゃうと、そこで終わってしまう。美術とか音楽とか。あんなのは1種類の定規で測って説明が効くもんじゃない。大事なことは、いろんな定規を持ち合わせて、必要に応じて取り換えることだと思います。

 

芸術を何かで測ること自体野暮だろ、って考えの人もいるだろうけど、僕は多少の知識はあってもいいんじゃないの、って思っています(ただし、知識なしで楽しんでいる人を否定はしない)。大体みんな好きなアーティストには詳しいもんでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に何か事象があるとき。なんでもいい。その事象の背景に何があるのかを知っているか知らないかで、人生の楽しみってのは大いに変わると思うのです。知識や教養は人生を楽しむ余力ってのはよく言ったものです。

 

 

 

 

 

 

 

②好奇心はもっと大事。

 

 

最近、エジプトの生活が自分の中で当たり前になってるなぁ、というのも強く実感します。

 

 

 

 

 

 

来たときは地下鉄やバスに乗るのにも心臓バクバク。アラビア語専攻で居ながらめちゃくちゃ恥ずかしい話ですが、初めてフルーツ買うときなんか、わざわざセリフをメモして行ったし笑

 

 

 

 

 

 

今となっては、生活に必要なことはたいていそつなくこなせるようになりました。

 

 

 

 

 

 

ただ、それを機にエジプトの生活での「探求」が終わってる自分がおるなぁと。

これって日本でマンネリ生活に飽き飽きしてた自分と変わらんじゃんと。

 

 

 

 

 

 

身の回りに知らないことなんて腐るほどあるんですよね。

それに対して「なんでだろう」って不思議に思える感覚を大事にしないと、考えることがストップしてしまう。なんだかもったいない気がします。まぁ興味がないことには興味が無いでいいんでしょうが、何か自分の興味がある、知って楽しいと思うことを見つけるのはとても大事なことだなぁと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「勉強は、したくなった時にするものです。人生は、一生勉強です。世の中、すべてを知ったかのような顔をしている大人がいますが、あんなのは嘘っぱちです。勉強をやめてしまったら、人間は終わりです。好奇心のない人間は、猿以下です」

 

 

 

 

(最近ちらっと見たドラマ女王の教室から、阿久津先生の言葉)

 

 

 

 

 

いや、その通りよね。。。。

 

 

 

 

 

 

当たり前ってのは大変ありがたいことで、非日常がやってきた際に強く強く感謝するものですが、その当たり前は同時に、思考停止をもたらします。エジプトでの生活が当たり前になってきて、80連勤中の僕がまさにそう。もっと勉強できることがある、まだ知らないことがあるのにだらっとしてる自分に再喝、残り1か月貪欲に過ごしていかないといけませんね。

 

 

 

 

 

当たり前に感謝しながら、謙虚な姿勢で日々勉強。めちゃくちゃ難しいし、こんなこと普段から履行してる人は、悟りを開いている人でしょう。僕はそういうのさっぱりぱりなので、こういう節目で確認を取りながら、楽しく生きるヒントをもっと見つけて日本に帰ろうと思います。

 

 

 

 

 

 

今更地元の福沢諭吉先生の学問ノススメを振り返るような妙な記事を書いてしまいましたが、自戒なのでご容赦ください。

 

 

 

 

 

 

 

80連勤の中にも何か新しい学びがあるといいなぁ。

 

 

 

 

あと1か月でエジプトを出るので、それまでに主要な観光地は攻めてしっかりルポなりエッセイなり書こうと思います。無駄な1か月にはせんぞ。

 

 

 

 

 

では、話題を変えて②に続く

 

 

 

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現状報告

 

皆さま、お久しぶりです~

 

 

 

 

 

最近はものの見事に更新をさぼっておりました。

気づけばもう8月。僕のエジプト滞在ももう残り2か月になってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

この2か月ちょい、一日として休みを取れずにいるので、ちょっと生活マンネリ化でしんどい部分はありますが、お盆シーズンを乗り切ったら休みが取れることを信じてもう少し頑張ろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

さて、この1か月(前述の通り休みのなかった中で)ルーティン外で、コンテンツ力のありそうなことをざっと写真で振り返ると

 

 

 

 

 

 

①サボテンを食べました

 

 

 

 

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一個10円!!!!!!!!!

 

 

 

 

サボテンは、なんだろう。。。キウイとメロンを足して2で割った感じ?

 

 

 

 

何も知らずに思いっきり手でつかんでばっちり針刺さりました笑

 

 

 

 

 

今はシーズンなのか、大量のサボテンが路上に出てきています。

 

 

 

「〇個くれ」って言ったらその場で皮向いてポイってくれる感じです。

 

 

 

 

②PCを買いました

 

エジプシャンPC、約2万円。

 

 

安いし薄くて軽いしタブレットにもなるし、問題なく動きます。スペックは低いので重いデータ扱うととろいですが、まあ2万のPCに期待はしてないので全然大丈夫。

そもそもそんなPC使いこなせる人ではないので。とりあえず卒論書き終わるまで耐えてほしい(キーボードにアラビア語が入っててかっこいい)

 

 

 

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エジプトは携帯とかPCとか非常に安く手に入るので、帰りに携帯もう一台買って帰ろうかしら。

 

 

 

 

③帰り道が決まりました。

 

 

インドに行きます。。。。。

 

 

 

 

 

数多の旅人がアフリカの入り口としてやってくる当ホテル。ここで聞いた話の中でもダントツで強烈そうなのがやっぱりインド。トルコも迷いましたが、航空券が安かったのもあって、思い切ってとっちゃいました。カイロ→ニューデリーをエアで飛んで、ニューデリーからコルカタまでを電車を使いながら横断。1か月をめどにインドに滞在します。

 

 

 

 

 

インドでの目的は一応4つありまして

 

ヴィパッサナー瞑想に参加すること(前にもブログで書いた。ついに実現の時!!)

 

ジャイサルメールの砂漠を見に行くこと(エジプトのとどっちが綺麗なんだろ)

 

ブッダガヤに行くこと(仏教の聖地は外せない)

 

・荷物を送ること(荷物送る上で、エジプト→日本より、インド→日本の方がイージーらしい)

 

 

 

 

 

タージマハル(アグラ)とかバラナシも経由しながら、北インドをざっと回っていくつもりです。が、予定通りいかない国であることは重々承知なので(ベクトルは違えど系統はエジプトみたいな感じでしょ)、ゆったりとしたスタンスで楽しめるようにしたいです。強烈な1か月になることが予想されます。

 

 

 

 

 

 

ちなみにインド(コルカタ)からは、LCCでタイもしくはマレーシアを経由して11月の前半に日本に帰るつもりです。ぶっちゃけ一番苦労するのは日本帰ってからだと思うので、気合入れていかんとなぁ。

 

 

 

 

 

 

④その他、雑多な話

 

ずっと避けてたんですが、この前初めて、ルッズビラバンを食べました。これはなかなか強烈な食べ物で、コメと牛乳、砂糖を混ぜて冷やしたデザートです。食えるか!!!!って感じですが、意外にうまい。

 

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あとはたまにビールを飲んだり

 

 

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アイフォンの画面を3千円で修理したり(動かなくなっただけなのに割れた画面ごとかえてくれて感動した)

 

 

 

 

 

 

ちょっと丘の上まで出かけて大都市カイロの夜景を眺めたり

 

 

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まぁ、それなりに日々を送っている感じです。

 

 

 

 

 

 

肝心のアラビア語ですが、なんか最近はかなりマシになってきているらしく。半年すぎてドカーンって聞き取れる量が増えたような。気がするだけか。

 

 

 

 

 

 

 

最初の一か月を除き学校に一切通ってない分、語彙とか表現の数はさっぱりぱりですが、いつも同じ仕事と会話をしてる分、質は高いみたい。ドライバーに空港送迎の手配をしたり、ツアー中のトラブルにアラビア語を使ったり。仕事に関する単語ならかなり自由が利くようになってきたし、そういう話ならもう英語より全然速いです。

 

 

 

 

 

 

 

昨日、のこり2か月でやりたいことと目標も全部紙に書きだしたので、あとはこれを一つ一つ、帰るまでに消化していくだけです。別に留学の目的が語学だけなんて思ってるわけではないですが、帰ってさっぱり話せないのもダサいよね・・・という意識も持ち合わせているので、そこはしっかりやっていきたいです。

 

 

現状だけ言うなら、自分の人生の中でもかなりの転機になりうる非常に価値ある留学になっているんじゃないかと思っています(特に人生に対する価値観や、選択肢の多さに気付けたことなどはアラビア語の能力に勝る価値があった)。仕事もしてるし。

 

 

 

 

 

 

 

残り2か月(インド含めて3か月)で、この留学の最終的な価値が問われることを肝に銘じてしっかりやっていきたいです。就職けって自分で選んだ道なので、責任を取るのも自分だと思ってるし、「俺は絶対にそれができるぞ!!!」ってとにかく自分に言い聞かせてます。金は無いし、いまだ見えない将来にビビり倒してるのは間違いないんだが。とりあえず進むしかありません。どうせなら楽しみながら。

 

 

 

 

 

 

とりあえず現状報告でした。ではでは。

 

 

 

 

ヒエログリフはめちゃくちゃ難しくて全然進んでません笑)

 

 

 

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