日々の砂丘

正直に書く

やっべぇ買い物~AVIOT TE-D01a~

 

  新年あけて初めて買い物をした。近所の電化製品店で。昔は初売りというと、お年玉を握りしめて近くのデパート(古い)に向かっていたものだが、今年はAmazonの欲しいものリストを眺める年始だった。これが時代か、という感じ(適当)。そういえば、正月は2年ぶり。去年も一昨年もエジプトで年を越してしまったので、今年はこの慌ただしさについていくのが少々つらかった。

 

 

 

 

 

  さて、今回買ったのは、イヤホンである。エジプト出発からはや1年以上経つが、実はその間イヤホンを持っていなかった。代わりにBluetoothノイズキャンセリングのヘッドフォン(SONY)をずっと愛用していたが、髪の形がぺたっとなったり、外出の時にちょっと外すと邪魔になったり、ニット帽との共存が難しいなどの問題があった。『家やうるさいところで使う分には最高なんだけど、できたら外で使えて手軽なワイヤレスのイヤホンが欲しい』。かねてからAmazonでイヤホンを見ては、よさげなものを欲しいものリストに加えたり消したりを繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

  そして今回金欠の中、なんとか金を絞り出して購入したのがこちら。AVIOTのTE-D01aである。信頼の日本製(いうとけ)。完全ワイヤレスのイヤホンを手にするのは人生初。

 

 

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  正直、エジプト渡航前は、ワイヤレスイヤホンというものに全くいいイメージがなかった。店頭で試すペアリングはガチャガチャしてうまくいかないし(まぁあれだけの通信機器があっては接続も厳しいか)、肝心の音も飛び飛び。有線に匹敵する音質で実用に足るいいものはSONYBoseぐらいだけど、肝心のお値段が3万ぐらいする。アイデア自体画期的ではあるんだけど、まだ庶民の手に届く実用レベルには至っていない感じがしていた。

 

 

 

 

 

 

  あれから1年。2019年のワイヤレスイヤホン部門で賞を取ったとかなんとか騒がれていたイヤホンを、本日視聴してみた。それがこのイヤホンである。即決購入。Made in Japanの名は伊達じゃない。結論、相当いい。フィット感、ペアリングのテンポの良さ、音質、解像度。どれをとっても、1年前聴いた同価格帯の商品より良い気がする。(勿論1年前のことを鮮明に覚えているわけではないが、1年前にこの手ごたえを得ていたらその場で買っていたと思う)。

 

 

 

 

  充電はケースに入れて行うが、このケース”自体”に充電できるのもすごい。(つまりケース自体がパワーバンクになる)。イヤホン本体にusbで繋ぐんだと思ってた。(完全ワイヤレスイヤホンの常識なのか?初なので知らんけど)。ケースを開けると自動で電源が入って、そのままBluetoothペアリングを始めるし、ケースにしまうと勝手に電源が切れて充電が始まる。テクノロジー万歳。ちなみに防水。ヘッドフォンじゃジョギングもできなかったが、これならいける。

 

 

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  そもそも、完全ワイヤレスのイヤホンの快適さたるや。本当に、ただ耳栓をしているだけの感覚なのに、耳元に音楽が在り続ける。勿論コードは絡まらないし、忌々しい断線もないし、中途半端なワイヤレスのよくわからないワイヤーを首の後ろにかける必要もない。このぐらいの音質なら、もうあとは利便性を優先して完全ワイヤレスにしてしまうべきだと言い切れるレベルの出来。すごくいい買い物した。色もマットな感じで乙でしょう。

 

 

 

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  ちなみに、この出来で8千円台。フラッグシップモデルは1万5千円だったけど、これで十分。またお金が貯まったら、新しく出てるものを試していこうと思う。技術革新を伴う商品はやっぱり最新が良い。気がした。

2018年振り返り

 

  ざっと振り返ろうと思ったが、書き始めるとどうも1年の中身が濃すぎてうまくいかないので、思いついた順で自分に質問をして掘り下げながら進めていくことにする。

 

 

 

 

 

 

・今年1年を一言で振り返ると 

  「再構築」。予定になかった方向に人生を進めてみて、新しい価値観を得たり、無駄だった部分を切り捨てる機会に恵まれた。そうして1年を越して戻ってきたため。

 

 

 

 

 

 

・新しい価値観とは

  大学を4年で卒業して40年働くのが普通だと思っていたが、身をもってそのルートを外れてみたことで、それなりに一生懸命やれば人生はある程度いい方向に進むことがわかった。また、大学ではイスラム教に関し、一般化された概念を学んでいたが、彼らとともに生活をすることで、結局彼らも一人ひとり個性があり、それらとしっかり向き合っていくことが大事なことを、身をもって実感した。勉強の際に一般化は大事だが、人間とかかわるときは「こいつはこうだ」と枠にはめずに、その人をしっかりと見ていくことが大事だと思った。

 

 

 

  エジプト・インドを通して、図らずも物事に対する見方の多様さを会得した。自分の中で、チャンネルが増えたような感じで、これまでに比べストレスなく目の前の事象に対処できるケースが増えた。

 

 

 

 

 

・自分が成長したと感じること

  複眼思考になった。前だったら怒っていたであろう事象を理解しようと努めるなど。折り合いのつけ方が前よりよくなった。

 

 

 

 

 

 

・今の自分の課題

  折り合いをつけるのが得意になった一方で、以前のようなとがった感じとか、ここだけは譲れない!みたいな部分が軟化しつつある気がしている。人に対する姿勢としてはいいが、自分の中の芯とか軸はきっちりしたやつを持ち続けたいと思う。

  だらしなくなっている部分がある。もっとストイックにいきたい部分が多くある。

 

 

 

 

 

・エジプトとインドで最も印象的だったことを1つずつ

  エジプト→日本語ペラペラのガイドが、日本に行ったことがなかったこと。留学しなくても言語はできるようになるという可能性を感じた。

  

  インド→熱中症で死にかけたこと。2018年一番怖かった。

 

 

 

 

 

・今年一番びっくりしたこと

  バンコクの病院が完全に日本だったこと。タイの発展が目覚ましいことは知っていたが、実際に病院に行って中を目にしたときはビビった。

 

 

 

 

今年買ってよかったもの

  ノイズキャンセリング機能つきのBluetoothヘッドホン・眼鏡・アイマス

 

 

 

 

・今年一番勉強になったこと

  大体のことには効率的な方法論がある、ということ。

 

 

 

 

・今年食べた中で一番おいしかったもの

  帰国した日のおでん

 

  

 

 

 

・今年一番面白かった本

  『AI vs 教科書の読めないこどもたち』。たまたま読んで面白いなあと思っていたら、新聞の「今年の3冊」にも多々ランクインしており、納得。

 

 

 

 

 

・今年一番印象に残った場所

  エローラ石窟寺院で、立ち入り禁止柵を超えて上から遺跡を眺めたところ。

 

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・今年一番結果が出たと思うこと

  アラビア語の習得。がむしゃらにやるだけでなく、勉強方法について1から考えたのが良かった。

 

 

 

 

・今年一番反省していること

  海外にいる間に、あまり祖父母に連絡できなかったこと。

 

 

 

 

 

・今年一番悔しかったこと

  ぼーっとしててリボ払いで23万円失ったこと  

  

 

 

 

 

・今年自分をほめてあげたい事

  今のところ親に金を借りていないところ。経済的に独立したい・・・

 

 

 

 

 

 

・今年一番感謝していること

  インドの電車の中でペットボトルの水をくれた人。(電車が5時間弱遅れ、水が底をつきて死ぬかと思ったが、乗り合わせた人に水を恵んで頂いた。)

 

 

 

 

 

 

・今年一番楽しかったこと

 ナイル川のクルーズに乗ってエジプトの古代遺跡を回った事。

 

 

 

 

 

・今年見た一番の絶景

 砂漠で見た星空。エジプトもインドも良かった。写真に撮れないのもまた良い。

 

 

 

 

 

・来年の目標

  新しい服を買わない、日記をつける、体重をキープする、卒業する

 

 

 

  2019年なってしまった。今年も宜しくお願いします。

最近のこと

 

  更新が滞ってしまった。12月6日以降の出来事について。前半は細かく、後半は雑記。

 

 

 

 

  • ビール工場の話(サッポロ)

12月8日に、日田のサッポロビール工場見学に行った。実は大分県にビール工場があることを知らなかった(恥ずかしい)。日田は地元中津から山の向こうにある。朝8時半に中津を出て、暖房の効かない地獄のようなバスに1時間半揺られ、さらに日田駅から30分歩く(タクシーに乗れるほど裕福ではない)。途中寒すぎて叫んだ。せめて日田駅から観光バスを出してくれ。

 

 

 

 

 

日田は名水の地、ビール以外にも日本酒など地酒が有名。次は弾丸じゃなくてじっくり時間をかけて来てみたい。大分の観光地の中でも別府とトップを争う湯布院という街があるが、最近はその湯布院と日田の間で観光バスが結ばれたらしく、湯布院帰りと見える観光客が多く日田にやってきていた。

 

 

 

ビール工場に着くと、黒ラベルとエビスの缶(でかい)がお出迎え。

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受付を済ませて、そのまま黒ラベルツアーへ。「黒ラベル」というのはサッポロビールがつけた名前だと思っていたのだが、ちがうらしい。黒いラベルの「サッポロびん生」を販売していた時に、お客さんたちがビールを「黒ラベル」と呼び始めたのがきっかけとのこと。そこ逆なのね。いかにサッポロの黒いラベルが日本人に親しまれてきたかよくわかるエピソード。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、ビールが北海道で醸造されるようになったことにもちゃんと理由がある。明治時代、開拓使として北海道に派遣された人たちが、ビール開発の任務を担った。それもそのはず、当時は冷蔵庫など存在しないので、ビールを低温で貯蔵するうえで気候(言わずもがな北海道は寒いので)はとても重要だったのである。ちなみに、黒ラベルの星マークは開拓使のシンボルマークでもある。 

 

 

 

 

 

 

続いて製造過程の見学。発酵、というのが実はよくわかっていなかったのだが、要は「ビール酵母が糖を分解して、炭酸ガスとアルコールを生産すること」らしい。

 

 

 

 

 

ちなみに、最初に麦芽と水を混ぜて「甘い麦茶」のようなものを作り、これをろ過したものを、上記の通り発酵させる手順だ。このろ過の過程で一番最初に取り出されたものが「一番搾り麦汁」であり、これを使ったキリンのフラッグシップこそ「一番搾り生ビール」だ。サッポロの話をしろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一回の発酵で作れる缶ビールの数は実に14万本というからびっくりである。自動瓶詰機は、1分間に500本の瓶詰を行う。工場の中で人がかかわる部分は、最終の目視確認(割れていないか、ひびが入っていないか、適量のビールが入っているか)だけとのこと。工場見学自体久しぶりだったけど、こんなに自動化されているとは。小学校の時にダイハツの工場見学行ったときはまだ人が手作業でネジ締してた気が。

 

 

 

 

 

 

試飲では、20分で3杯のビール(しかもでかいグラス、おつまみつき)を飲ませてくれるから最高。工場のビールは一番うまい状態で出てくる。ぐいぐい飲んで、そのままエビスツアーへ。

 

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エビスツアーでは、エビスビールにまつわる歴史や、東京にある日本最初のビアホール(銀座)を模したゾーンが興味深い。日本におけるビールはオランダ人が長崎に持ち込んだのが最初らしいが、日本人による醸造が本格化したのは明治時代に入ってから。富国強兵政策でドイツに留学した日本人が醸造技術やドイツ人醸造氏とのコネを持ち帰り、製造が本格化した。

 

 

 

 

 

 

当時のビールの値段はかけそばおよそ10杯分。庶民には到底手の届かない高級品だったが、ビアホールのオープンや醸造技術の向上、貯蔵技術の確立により、ビールは徐々に庶民にも広まる。

 

ブレーキがかかったのはそのあとだ。大戦時、税金を集めるべくビールの酒税が高くなったほか、終戦前にはついにビールそのものが配給制になり、各社ビールは姿を消す。

 

 

 

 

 

復活は戦後。アサヒやキリン、そして黒ラベルが世を席捲する中、多くのファンの希望に応え、エビスは再びその姿を現す(1971年?要確認)。現在はアサヒスーパードライキリン一番搾りサントリープレミアムモルツと並び、激戦の4社の一角を担う。

 

 

 

 

 

 

歴史を知るとよりビールが美味い。エビスも試飲の名目で3杯頂きました。ぐいぐい。現地のサーバーでいれてもらう工場直送のビールはやっぱうまい。さすがに短時間で飲み過ぎたらしくへべれけに。帰りのバスも暖房が効かず死ぬかと思ったが、なんとか夜には中津に帰宅できた。

 

 

 

 

 

 

 

  • JTBの説明会に行った

 

別にJTBの就職を検討してどうたらという話ではないのだが、ちょうど大阪に行くタイミングで大規模な説明会をやっていたのでついでに行ってきた。何も考えずに夜行バスからそのまま私服で乗り込んだのだが、みんなスーツ。2回目の就活とは思えぬ滑り出し。

 

 

感想としては、「JTBって旅行会社だと思ってたんだけどそうじゃないのね」というところ。(そもそもJTBは昨年からグループ統合をしたり、会社の方針を転換するなどしていたらしい)。まぁ今更旅行会社とか言っても、今はネットに情報も腐るほどあるし、スカイスキャナーなりエクスペディアで航空券取って自分で行くのが主流よね。

 

生き残りをかけたJTBの考えた新方策が「人と人を結び付けて、そこで価値を生み出す、交流創造事業」。へぇ。「それSNSで15年前からやっていることでは?」的なアレ。そこはJTBの情報網とこれまでの旅行業のデータ蓄積を生かしたあれこれがあるのだろう。同業他社とも比べながら見ていこうかね。

 

 

 

 

 

  • ビール工場見学(キリン)

こんな短期間で工場見学に2回行く人間もそうそういない気がするのだが、キリンの工場が神戸にあって、そこから有馬温泉が近いというなら行くしかない。そもそも前回の工場見学が楽しかったのと、あれだけうまいビールが飲めるなら・・・という思いに駆られて2セット目。

 

 

キリンの見学は、バスのお出迎えから強烈だった。ラガービールバスって。最高。

 

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工場入り口にはキリン。

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ツアーは、こちらは体験型。ホップを触らせてくれたり、匂いをかがせてくれたり。一番興味深かったのは、「一番搾り」の麦汁と、そのあとにお湯を加えて薄めた「二番絞り」の麦汁の味の差。全く違う。これも紙コップで両方飲ませてくれたが、見た目から味までこれほど違うとさすがに驚く。キリンは工場内撮影オッケー。窯がでかい。

 

 

 

 

 

 

試飲は、一番搾り一番搾りプレミアム、ハートランドビール、1番絞り神戸づくりなど。神戸づくりは初めて飲んだけど、ブドウの香りがする。マジかい。ビールは、比べて飲むと本当に全然違う。日頃の飲み会では何が出ても美味いし飲むけど、こんなに違うとなるとちょっとこだわりたくもなる。ちなみに僕はキリンのラガーが好き。

 

 

 

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そういえばオヤジとビールあてクイズ(プレモルスーパードライ一番搾り)をやったが、プレモルしか当たらなかった。ビールの味で銘柄を当てれるようになりたい。

 

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そういえば前はバイクでよく行ってたんだけど、交通機関を使っていくのは

初。ひたすらにゴロゴロした。有馬ビールは飲みやすいけど、ビールに期待する味ではなかったような気がした。金の湯の源泉は初めて入ったけど、濃いのかなんなのか、身体がピリピリした。梅田からバスで1時間かからなかったのは衝撃。有馬は近い。

 

 

 

 

 

  • 眼鏡を買った

ずっと昔から右目が悪いことには自覚があった。検査の結果、左目1.0、右目0.2以下。利き目は左なので大きな問題もなかったが、ピントが合わないなどの弊害も少しずつ感じ始めていたので、人生で初めて眼鏡を購入。結果から言うと今年一番いい買い物だった。これまで、ものを見るのに相当苦労してきたことが判明した。左右の視力差がなくなると相当楽で、頭痛も治った。乱視も矯正したので、本や新聞を読むのが楽しくなった。

 

 

 

 

あとは余談と備忘録の雑記。

 

 

 

 

・最近恐れおののいているのが、「エジプトの記憶が消えかけている」こと。今回の帰阪では何人か大阪に帰って初めて会う人がいたのだが、その人に「エジプトどうやった?」と訊かれても何一つ気の利いた話ができない。ブログ読み返して、鉄板の話を3つぐらい準備しとこうと思った。

 

 

 

 

 

 

・来年は日記を書く。これは心に決めた。日々生きていて、全く記憶が残ってないことに気付いたので。記憶もないし成長の実感も一切ない。1日終わった時に昨日よりちょっとマシな自分でいてほしい。読書も終わったらメモをつける。日本に帰ってから読んだ本すらあまり内容を覚えていなくて戦慄したため。

 

 

 

 

・無駄な時間の投資を辞めたい。暇なときにグーグルじゃなく追いコンの練習して。あと瞑想を最近さぼっている。効果は自分の身体で実証済みなんだからもっと時間作る。

 

 

 

 

 

 

・前回も書いたように、日々の思い付きの芽を次から次に忘れるので、何とかしよう思ってボイスレコーダーを買ったりした(追いコンの練習を良い環境で録音したいのもあった)。メモと併用してメモリ不足(ヒソカ談)対策。

 

 

 

 

 

・帰阪の際、日本に帰って初めてスタジオインした。楽しかった。が、ドラムのリハビリが喫緊の課題であることが判明した。

 

 

 

 

 

・ブログを短く書く練習をする。千字ぐらいのコラムみたいな形で。いつも見切り発車するのでこんな無駄に長くなる。構成を考えてから文を書きだすようになりたい。あと最近絶望的に漢字が書けないのもなんとかしたい。

 

 

 

 

 

    来年一番やりたいことは卒業。来年度1年間は経済的に独立する準備をし(必ずしも就職活動という形とは限らないと考えている)、あとはふんだんにある時間を上手く使って今しかできないことをする。つもり。口で終わらぬように頑張れ来年の自分。

アイデア失踪

 

 

  「風呂の中やトイレの中はアイデアが生まれやすい」よく言われる話だ。トイレに関してはあまり実感したことはないけれど、風呂は分かる気がする。ただ、具体的にどんな思い付きがあったのかと問われると、答えに窮する。覚えていないからだ。出てきたアイデアが、風呂を上がるころにすっかり消え去っている。結局忘れてしまうという経験が多すぎて、「風呂で考え事をすると良い」と一般的に言われていても、実行には移そうとしない。

 

 

 

 

  昨日、風呂に入っていてある考えを思いついた。が、御多分に洩れず忘れた。ものすごく有益だったような気がしたので、風呂を上がってからもしばらく考えていたのだが、なんせ思い出せない。実際はどうでもいいことだったと割り切って(大半のことはどうでもいいのだが)、考えるのを辞めた。ゴミ出しで外に出る際、コロンビアの靴を履こうとして、何を考えていたか思い出した。アハ体験!!!!すぐにスマホにメモした。

 

 

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  昨日の午前中、暇なのでスポーツショップ(地元の小さいやつ)に足を運んで、店内をぶらぶらしていた。僕はいわゆる山岳用品を見るのが大好きだ。山で使うものは機能性が高くてデザインもシュッとしているし、「山だけで使うには勿体ないでしょ。。。」と思わせるものが多い。

  山岳用品との出会いは、ゴアテックスの登山靴だった。バイク用の靴に使っていたが、雨の日も快適に乗れるようになったし、捻挫防止のハイカットのおかげで、事故をしたときに足の怪我は軽かった。それ以来、山岳商品への信頼が厚く、ショッピングモールに行った時は大抵モンベルやコロンビアの店に入り浸っては、物欲を掻き立てられている。

 

 

 

 

  そこでその日に目にしたのが、酸素缶だった。吸ったことがあるが、意外に効く。山においては最早プラシーボ効果ではなく、身体がすっと楽になる。頭痛が治る。これに救われたことがあったなぁと思いながら、その時は素通りした。

 

 

 

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  夜、TOEICの勉強をしていた。僕が今持っているスコアは一昨年のそれなので、更新しておかないと後の就活で面倒だ。馬鹿馬鹿しい話なのは百も承知だが、日本のシステムなのだから仕方ない。まぁそれは置いといて、とにかく最近は人生で初めてTOEICと正面から向き合って勉強している。

 

 

 

 

 

  TOEICの問題は、はっきり言うとコンディションが良い時に冷静に解いたら、普通に解ける。別に嫌味とかではなく、一応外国語学部だし。最大の問題は2時間ぶっ通しの集中である。過去、3度受けたが、3回中3回寝ている。原因はそもそも対策を一切してないのでやる気にもならないし後半面倒くさいし・・・である。

  が、今思い返せば、二日酔いとか朝バイト明けとか、とにかくコンディションが悪い。ただの言い訳。というわけで、今回1月に受けるTOEICは、それなりに勉強して緊張感を持って、コンディションを整えて臨んでみよう、ということになっている。これで点が出なければ言い訳できない。

 

 

 

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  さて、勉強にも飽きたので風呂に入った。実家の風呂は最高だ。前に住んでいた下宿は大好きだったけど、風呂だけは実家が良い。さすがにユニットバスでは、実家の風呂には勝てぬ。風呂にはだらだら浸かる派。じーっと入っていて、ふと思い付いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TOEICに酸素缶持っていくと良いのでは」

 

 

 

 

 

 

  まったく関係ないTOEICと酸素缶が、ポンっと結びついたのだ。「いやいや、でも試験中に酸素缶吸ってるバカは全国どこを探してもおらんだろ。そもそも試験中に吸えんだろ酸素缶」とセルフ突っ込みを入れた。入れながら、「いや、でも試験前に吸うことはできるよな。あれでリスニング中にぼーっとすることを防げるなら投資の価値があるよな。少なくとも試験前に喫煙してる人に比べたら賢いよな?」

 

  あら不思議、だんだんTOEICに酸素缶を持っていくことが真っ当なことに思えてきた。それどころか、「てか逆になんで俺センター試験に酸素缶持って行かへんかったんやろ」とかいうことまで考え始めた。頭を使うのだから、糖分と酸素を補給するという発想は至極真っ当だ。ただ、酸素が当たり前に身の回りにあるから、エキストラ酸素を補給しようという発想に至らなかっただけだ。本当に大切なものは失ってから気付くのだ、あっぱれ山登り。。。。この辺りでアホらしくなって、考えるのをやめて、そしてすっかり忘れて、コロンビアの靴を見て思い出したのだった。

 

 

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  最近の実感として、「アイデアを見殺しにしている」というのがある。よく考えると、以前は、こういうしょうもない思い付きは軽くブラッシュアップしてツイッターに落としていたのだ。タイムラインですぐに流されるが記録としては残る。何かと人に見られるからあまりにもくだらないことは書けないが、それが一種の緊張感にもなる。そこで価値の線引きもできる。

 

 

 

 

 

  最近はどうだ。言語学習、ドラム、今後のことに関しても、アイデアや疑問を色々思いつく。多分、エジプトとかインドで見たものが、今の日本での経験に引っかかる部分がある。今まで思いつかなかったことが突如出てくる。気がする。

 

  が、見殺しにしている。せっかく出てくる思い付きを頭の中で転がして、そのまま忘却の流れに乗せて逃がしてしまっている感がある。勿体ないし何かしないとなーと思いながら、何も対策をしていない。携帯のメモに書けばそれまでなのだが、なんだか締まらない。いっそ思い付きをまとめる専用のメモ帳を一冊でも作ろうかと思っているが、重い腰が上がらない。「どうせ途中で飽きて、よくわからない使いかけのノートになるんだよ」と心のささやきも聞こえる。今までの経験上、その通りだ。。。。

 

 

 

 

 

 

  そういうアイデアをブログにあげようか。いや、そもそもこの前書いたように、「日々の砂丘」は砂が堆積したときにそれを形にする場所で、アイデアや発見をある程度昇華したものがここに表れてしかるべきだ。そのアイデアをどこかに逃しているから問題なのだ。やっぱり、どこかに低次レベルの思い付きを纏めるシステムが要りやしないか。あ、下書きに書けばええんか。けど人には見えんからな。何れにしても要検討課題である。。。

 

 

 

 

 

  とか、こんなことを考えるぐらいには時間を持て余して生きている。追いコンの練習せな。

 

芸人の発想力

 

 

  家の仕事をずっとさせられていると、軽く精神的に滅入ってくるので、暇な時間にお笑いを見る。コント、漫才を見るのも好きだが、やっぱり一番好きなのは大喜利。小学生のころから笑点大喜利を見ては、意味も分からないのに雰囲気でゲラゲラ笑っていたのだが、今になってこれをたまに見返すと面白い。そこからIPPONグランプリに飛んで、芸人のセンスに圧倒されながら、ふと疑問に思った。

 

 

 

 

 

 

  「こいつらは、どうしてこんなに面白い発想、回答ができるのだろう」

 

 

 

 

  気になって大喜利をじっと観察していると、面白さの種類は一種類ではないことに気付く。今日観察していてパッと思いついた面白さの要素としては

 

 

 

 

  ・常識、道理、一般の斜め上や真逆を行く発想

  ・逆に常識を極めた発想

  ・期待通りに回収されることによる安心感を狙った発想

  ・一回ウケたネタをあえて繰り返す発想

  ・話者のキャラに対するギャップ、裏切り、あるいは期待通りの振る舞い

  ・話し方、表情、フリップを出すタイミンなどの間、会場の空気

 

 

 

 

 

  上記のいずれか(もしくは複数)を満たし、かつ見る者の理解や共感が得られた際に、笑いが起こるようだった。(この共感・理解を得られないとき、いわゆる「スベる」という現象が起こる)(笑いのツボ、というのは個人が持つ理解や共感の範囲である、というのも思った。だから同じネタで笑える人間と笑えない人間がでてくる。売れている芸人というのは、自分たちの発想に対しより多くの人間から理解・共感を得ているのかもしれない)

 

 

 

 

 

  さて、5分で考えた以上のちゃちな考察を正しいと仮定した場合、「芸人は、なんでこんなに面白い発想、回答ができるのだろう」という問いに対する答えは、

 

 

  「予め常識・道理などの価値観を予想し、それを様々な角度(斜め上、真逆、連想など)で裏切り、なおかつ共感を得る発想を訓練している。また、それらをアウトプットする技術に長けているから」

 

 

  ということになる。

 

 

 

 

 

  今日一番声を出して笑ったのは、「透明人間になる薬をついに開発した。しかし、使いたくなくなる副作用がある。それは何か」というお題に対し、ホリケンが「飲むと額にテントウムシがたくさん寄ってくる」と回答したアレだ。

 

 

 

 

 

 

  にこにこ誘い笑いをしながら回答するホリケンを見るとめちゃくちゃ面白い。要はこの回答が僕の共感を得た、ということになるのだろう。そりゃ使いたくないよ。透明になったところで額にテントウムシが寄ってきたら意味ねーじゃん。てか「テントウムシ」とか「額に寄ってくる」とかどっから出てきたんだ(笑) でも、「怪しげな薬を飲んだら何かが大量に寄ってくる」という発想自体は共感できなくもない。寄ってきそうな気もする。「手が届きそうなようで届かない発想」と、「絶妙な距離感で起こる共感」これが面白さなんだろう。

 

 

 

 

 

 

  逆に、ホリケンがどうやってこのネタをひねり出してみたかを、仮説に当てはめて推測してみる。まず、「副作用」について裏切りの発想を出す必要がある。一般には「体調が悪くなる」「吐き気がする」「眠くなる」などのイメージがある「副作用」という言葉に対し、なにかそれを裏切るものが欲しい。ここから「(逆に)寝れなくなる」程度の発想なら一般人にもできるが、彼はすごい。すぐに着眼点をずらすのだ。

  ここからはもう無理やりだが、おそらくホリケンは、「薬」というところから連想し、「虫」を引っ張り出したのだろう。まるで、はちみつを塗った木にカブトムシが集まってくるように、この薬を飲むと何かが集まってくるというのはどうだ。その発想はギリギリ理解できるラインでありながら、一般人の手が届かないところにある。虫には具体性を持たせる。虫は集まると何となく不快だけど、「蜘蛛が集まる」よりはテントウムシの方が不快感も少なそうで、悲鳴よりウケに繋がりそうだ。集まる場所は額が絵として面白い。ビジュアライズしやすい。透明なのに虫が集まってきているという皮肉も効く。こうして「副作用」というお題から「テントウムシが額に集まってくる」というボケが完成する。

 

 

 

 

  いやいや、ここまでを論理的に考えているとは到底思えない。IPPONグランプリにおいては瞬発力が大事で、それこそバカリズムなんかは、このクオリティのネタを1分で3つ突っ込んできたりする。長年の芸人生活の中で「周囲の期待を様々な角度で裏切りながら、なおかつぎりぎり共感が得られるライン」を模索し続けた結果至った境地なのだろうか。

 

 

 

  

  まぁしかし、物は試しだ。せっかく方法論について考えたのだから、実践してみようということになった。どこかに素材がないか探しながら家を掃除していると、おとといの新聞の一面にこんな記事があった。「入管法案 衆院通過」。外国人労働者を日本に受け入れることを加速させる法案が、議論が未熟なうちに衆議院を通過したようだ。付随の写真が下。(毎日新聞 2018年11月28日付 1面)

 

 

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  優秀な素材を見つけた。この画像で大喜利をぶちかましてみよう。我ながら何をしているのだという感じだが、せっかくなので自分の方法論を試してみる。わざわざここまで読んでくれた人もやってみてね。

 

 

 

 

 

  まず、「一般常識・道理」を理解する。これは法案審議が混乱し、紛糾している様子である。これを、様々な方向から裏切らなければいけない。うーん、言ってはみたものの、難しい。アイデアはとにかくどんどん出していってなんぼなので、まず「年末バーゲン開催中」というのを出した。裏切り度が甘い。「混乱・紛糾」から理解こそ得られど、この程度の発想なら想定の範囲内なので、結果として笑えない。

 

 

 

 

 

 

 その後5分間考えて、出てきたのが以下。

 

 

 

 

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・「僕はキラじゃない、信じてくれよ!!!」

 

 

 

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・「なんで違う法案持ってきてん」

 

 

 

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・「こいつ、パンツ一枚で議事堂に来やがった!!!」

 

 

 

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・「ゴジラ東京湾に迫っています!!!」

 

 

 

 

  うーん

 

 

 

 

  なにやってんだ俺

 

 

 

 

 

  とりあえず、芸人の凄さが分かった良い1日だったような気がする。この文のオチを考える元気はもう残っていない。大喜利の答え思いついた人、ぜひ教えてください。

23になりました

 

 

  11月23日のブログ閲覧数が普段の4倍ぐらいになっているのを見て「あ、何も書かなかったのは失敗だったかな」と少し後悔した。誕生日という節目に多分こいつは何か書くだろう、と貴重な時間をページ訪問に使っていただいた方には申し訳ないが、その日はただただ梅田をぶらぶらしていた。来年使う手帳を選んで、1年半ぶりに焼き肉に行った。ひねくれものなので、ケーキの代わりに400円するプリンを食べた。大阪には誘惑が多い。

 

 

 

 

 

 

  思えば、なかなか強烈な1年だった。就活を投げて、エジプトに飛んだ。向こうの面白さも不合理も全部受け止めて、何とかした。10か月かけて貯めた20万を握り締め、無法地帯インドを駆け抜けて帰ってきた。その過程で、何度も自身を顧みて、人生観や価値観を増設した。今後のターニングポイントになりうる、いい1年だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

  そういえば、誕生日の2日前に久々にヒッチハイクをした。単純に小倉(福岡)で大阪に向かう夜行バスを逃したのだが、3連休前で代わりのバスはソールドアウト、その時の所持金では新幹線にも乗れなかった。とりあえずカラオケに泊まって、次の日に小倉駅のベンチで策を練った。1回生と2回生の時に経験はあったので、トライしようという決意自体はすぐに固まった。

 

 

 

 

  下道でヒッチハイクをするのは難易度が高い。車を捕まえること自体はできるが、高速に乗るとなると話は別だ。平日で仕事の人がほとんどであることが予想された。浮浪者を車に乗せるほど、心に余裕がないのは皆一緒だ。

 

 

 

 

 

  下関のパーキングエリアに歩いて入れることは、1回生の時に初めてヒッチハイクをした際に確認済みだった。これなら、車さえ捕まえれば自動的に高速だ。とりあえず下関まで電車で移動して、歩いて山を登って、フェンスを乗り越えて、今は使われていなさそうな従業員用の入り口からパーキングに入った。

 

 

 

 

 

  じっと車を観察する。自身の経験からヒッチハイクのポイントをいくつかまとめておくと

 

 

 

 

  • 必ずこちらから話しかける(画用紙とか受け身は絶対×)

テレビで画用紙を持って掲げている人がいるが、あれは車を止めるまでにめちゃくちゃ時間がかかる手法。自分でバイクに乗り始めて分かったが、例えば時速60キロで走っていたとして、あの小さな画用紙に書いてる文字はまず読めない。走っている最中の、「認識(ヒッチハイカーだ)→判断(乗せよう)→行動(ブレーキ・車を止める)」までのハードルがあまりにも高すぎる。あれで止まってくれるのはヒッチハイクを以前やったことがある人や、よほど眠くて助手席に話し相手が欲しい人ぐらいだ。

 

一方、パーキングで乗せてくれそうな人に直接交渉すると、5人に1人は基本的にいける。最初はびっくりされるが、ちょっと面白おかしく事情を説明して、大学生です、の一言で大体皆受け入れてくれる(もちろん受け入れてくれそうな人を選ぶ)。また、こちらが事前にドライバーを選んでいるので、危険な目に遭うリスクも減らせる(人は見た目では判断できないが、少なくとも明らかなヤクザとかは避けれる)。大阪⇔名古屋の際にこの手法に切り替えてからは、相当テンポよくヒッチハイクが進むようになった。

 

 

 

 

 

  • 車の状態をあらかじめ把握しておく(何ナンバーか・大きさ・同伴者の有無)

向かう先は、車のナンバーでおおよそ把握できる。犬が一緒に乗っている車は、乗せてくれることが多い(心理的ハードルが低いのか?)。同伴者が多いと、合意を取るのが難しくなる傾向がある。男一人が一番乗せてくれる。車が小さいと、スペースを理由に断られるケースが多い。

 

 

 

 

  • 旅をしているっぽい恰好をする

今回はたまたまバックパックにマウンテンパーカーだったので良かった。とにかく「こいつは危険な人間ではなさそうだ」と向こうが思ってくれるように尽力する。人相が悪いので苦労する。。。

 

 

 

 

 

  高速にさえ乗ってしまえば、根性+上記3つの徹底で案外移動できてしまう。ヒッチハイクは運だとか親には言われるけど、自分にはそれなりに論があり、工夫で運を引き寄せているイメージだ。勿論出会いには感謝するけど。

  

 

 

 

 

  さて、じっと観察していると、白の大きな車がパーキングに入ってきた。岐阜ナンバーで、降りてきたドライバーは50代後半~60代前半の、犬を連れた男性。50代の人は自分の親と年が被る。つまり、この人に子どもがいれば、自分と年が近い可能性も高い。このパターンもよく乗せてくれる。これはいけるかもと思いじっと見つめていると、犬からこちらにやってきた。犬をなでさせてもらい、何気なく交渉開始する。「いいよ乗って」。神は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

  乗っている間に、この1年の威力を実感した。話が尽きない。相手のドライバーが聴き上手なのもあったけど、山口、広島、岡山・・・エジプトとインドの話でずっとその場を保てた。向こうが元人材派遣会社の方だったので、海外の事情にも詳しかった。以前ヒッチハイクをしたときは、話がすぐ尽きるために、短めにSAやPAで降ろしてもらって車を替えていたのだが、今回はドライバーさんの好意もあって、下関から高槻までノンストップで連れて行っていただいた。ただただ感謝しかない。

 

 

 

 

 

 

  日本に帰って以降、身体を流れるナイルとガンジスの水は日に日に薄くなっていく。最初は怖かったけど、もう今は受け入れ態勢だ。経験は覚えたものではなく刻んだものなので、こうやって必要な時にちゃんと出てくる。

 

 

 

  一方、せっかく覚えたアラビア語の単語がどんどん消失しているのが寂しい。牙は研いでおかないと、つかめるチャンスもつかめない。これに関しては、常々自戒して落とさぬように磨いていこうと思う。

 

  

 

 

  さて、23歳になった今、何か今年の目標を一つでもたてようかと思ったが、これは本質的には意味がない。去年も何か決めた気はするが、なんせ今全く覚えていないし、日々意識することもない。目標は、それに向かって努力する側面にこそ価値があるので、立ててさよならチャンチャンではこれまでの自分から何も成長がない。

 

 

 

 

 

 

  とりあえず、このブログで1年間、日々起こった事に関して自分の考えを整理したり、疑問を呈したりすることを続けていこうと思う。毎日どこかに起こっているはずの変化に気付けるようになりたい。

 

 

 

 

 

 ちなみに今更だが、ブログ名が「日々の砂丘」に変わった。いつまでも「エジプト住み込み記」なのもあんまりなので。

 

  これは単純に、砂漠に行く前日にインド人に「Tomorrow we are going to dune!」と言われ、大学生の身分で恥ずかしながら「Dune」の意味が分からず、調べた結果「砂丘」という言葉に出会ったからだ。

 

  「砂丘」という言葉も、字面で分かれど定義は知らなかったので調べると「風によって砂が自然に堆積してできた丘」みたいなことが書いてあった(気がする)。着想はここで、「生きていて考えが自然に堆積したときに、それを整理する場所」という意味を考えて、このタイトルに落ち着いた。

  

 

 

  いくら名前に気合を入れても書き続けなければ意味がない。前にも書いたように、基本は「今を正しい道で一生懸命に」だ。23歳の人生を生きて、積もったアイデアはここにまとめる。1年後に振り返る。空っぽじゃないことを願うばかりだ。

 

 

 

1年生の漢字

 

  実家に帰ってもすることがないので、朝起きたらぼちぼち家の仕事をして、祖父母の家に行くのが習慣になりつつある。じじばばは基本的に暇をしているので話し相手が欲しいだろうし、こちらも家で一人座っているより良い。うちの家は両親共働きだったため、僕は市内に住むじじばばに育ててもらった。そんな典型的じじばばっ子なので、一緒にいることに何ら抵抗はない。今日は久々に、ちょっとだけ遠くに住んでいる方のじじばばに会いに行く。

 

 

 

 

 

  移動手段は高校の時から乗っていた自転車。ひどく錆びているけれど、田舎道を乗る分には支障はない。自転車も1年ぶり。ちょっと寒くなってきてはいるけれど、乗っていると天気のよさもあって気分が良い。バイクとは違う、ゆったりとしたスピードで風を切る。ちょっと遠い、と書いたじじばばの家までは、15分ぐらいのものだ。

 

 

 

 

 

  着いてすぐ、車がないことに気付いた。出かけているのかと思ったが、じじばばはご在宅。もう今年の初めに車は手放してしまったらしい。80歳を超え、身体の衰えを感じつつあったのだろうか。周囲で高齢者のひき逃げも相次ぐ中、決断したそうだ。あっぱれ。勇気のいる決断だっただろうが、人生のゴールテープを切る直前に、意図せずして犯罪者になるよりはましだ。子が説得したのかなんだか知らないが、結果的には良かったように思う。

 

 

 

 

 

 

  家の設備はどんどん新しくなっていた。手すりが増えて、トイレが綺麗になって、洗面台がまるっきり変っていて。終いには仏壇まで新しくなっているから驚きである。判断力が落ちて、誰かに望まぬお金を使わされているのでは?と疑問に思ったが、本人たちはいたって幸せそうなのでこれもまぁいいか。変な話、これだけ現世に固執があるなら、まだ長生きしてくれそうだなとも思った。

 

 

 

 

 

 

 

  祖父母宅の玄関から見えていた畑には、いつの間にか知らない家が建っていた。古い家が立ち並ぶこの地区に、突如現れた銀色の四角いデザインの家は、どこか間抜けで、見ていると可哀そうになる。もともと畑だったのを知っているだけに、余計に滑稽に思える。

 

 

 

 

 

  祖母のよくわからん話を聞きながら飲む緑茶が美味い。誰誰さんのお孫さんがどこどこに就職した。へー。その「誰誰さん」が誰だかわからないので、突っ込みようもない。向こうは話を聞いてほしいだけなので、相槌とともに聴きに徹する。田舎の噂話はすさまじい。あの1時間で聞いた話、どこかで何かとつながるといいのだけど。

 

 

 

 

 

  しばらくすると、いとこが遊びにやってきた。この辺の小学校に通っているのは知っていたが、よく考えたら登下校時にじじばばの家を通るのだった。そういえば、僕がエジプトにいる間にいとこが一人新しく増えていて、その子にもじじばばの家で初めて会った。今は7か月なのだが、僕の顔を見て一瞬で泣き出した。そんなに人相悪いか俺。結局、抱っこすら無理だった。んなもんこっちから願い下げだ。

 

 

 

 

 

 

  さて、下校途中のいとこ、じじばばの家にて宿題を始めた。あかねこ漢字スキルなる懐かしいものを取り出し、「森の中」というなんとも言えないフレーズをノートに書いていく。結構字が上手。何年生なのか尋ねると、1年生という答えが返ってきた。

 

 

 

 

  へぇ、1年生の時って、漢字書いてたんだっけ。そんな質問を1年生のいとこにしてもどうしようもないのだが、思わず訊いてしまった。1年生って、ひらがなカタカナまでなんじゃないの。漢字を1年生で習う。どうも記憶にない。いや小学生のころの記憶なんてとっくの昔に改ざんされているのだろうけど、後から入った情報を含めても、1年生で漢字を書くという印象は自分の中に全くなかった。

 

 

 

 

 

 

  手元のアイフォンで文部科学省の学習指導要領を見ると、「小学校第1学年」の項目には80字の漢字が並んでいた。木、口、糸、月、金、1から10の漢数字など。なるほど、おそらく今後の学習の足掛かりになるように、漢字の「偏(へん)」にあたる部分を中心に練習していくらしいことが分かった。

 

 

 

 

 

 

  ちなみに、個人的に気になったのは「自分の時代に小学1年生は漢字を学習していたのか」ということだが、これはどうやらしていたらしい。ネットで「1977年以前は40字だったものが倍増した」との記述を発見した。ということは習っているはずだ。記憶の修正は恐ろしい。大学生のくせに、何かの事実を確認するうえで、ネットの情報を鵜呑みにしている自分はもっと恐ろしい。卒論でこんなことはできぬ。

 

 

 

 

 

 

  目の前で「森の中」というフレーズを書くいとこを見ながら、エジプトで、ムハンマドに漢字の仕組みを教えた際、「森」という漢字を使ったことを思い出した。最初に「木」という漢字の形から意味を連想させて、その後に「森」を引っ張ってきて、漢字の象形文字としての性質を解説した。1問目の木の意味推測は外すも、2問目の森は正解した。アルファベット、つまり表音文字が基本であるアラビア語話者のムハンマドには興味深い話であったようで、その後いろいろ質問を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  今、目の前で「森の中」を反復するいとこは、「森」の成り立ちを知っているのだろうか。さすがに先生が教えるかな。「中」も連想しやすいし、漢字の学習指導要領はその点よくできているなぁと感心した。うんちくおじさんにもなりたくないので、「字上手いね~」と褒めるおじさんになった。いとこがどや顔でムハンマドに「森」という漢字の成り立ちを説明するさまを想像して、ちょっと笑ってしまった。小学1年生、侮るなかれ。