日々の砂丘

正直に書く

俺のせい?誰のせい?神のせい。

 

皆さまこんにちは。

 

 

 

 

 

 

このあいだ、イスに座ってたらポケットからアイフォンがスルスルスル~っと滑り落ちまして、バキフォンに進化する事案が発生。

 

 

 

 

 

 

見事にインカメがやられて自撮りができなくなってしまいました。(あんませんからええけど)

 

 

 

 

 

 

 


エジプトでは、画面修理を約3000円からできるということなのですが、修理に出すと平気でパーツを抜かれたり、ボロいパーツに変えられて返ってきたりするらしく、ちょっと思案している次第です。こういうとこが世界ウザい大国の順位を上げているのか。。。ねぇ。。。

 

 

 

 

 

 

さて、突然ですが、皆さまは神(もしくは人智を超えた何か)を信じたりしてますか?

 

 

 

 

 

 

僕は割とそういうのを信じるきらいがあり(論理タイプのくせに)、何か大事なことの前には神社でポンっと手を合わせるタイプの人間です。ドミトリーのベッドには、富士山の頂上で買ってきたお札を貼ってて、気が向いた時に手を合わせてたりするのですが笑

 

 

 

 

 

 

 

 

エジプトに来て、人々の信仰心の強さに感動することもあれば、逆にその信仰心ゆえに(?)そこは自分で責任取れよだったり、お前の努力でなんとかしろと思うことに多々遭遇してきました。

 

 

 

 

 

 

 


例えば、ホテルで仕事していて、お客様が予約したチケットが取れなかったりした時。

 

 

 

 

 


「それは俺らの責任ちゃうから」

 

 

 

 

 

 

スパーッと割り切って特に謝りもせず、「取れませんでした~~どんまい~~~」みたいな感じでお客様をイラッとさせてしまった時には、ちょっと冷や汗をかきました。(業務的な話をすればチケットが取れないことはほとんど無いのだが、その時はたまたま運が悪かった)

 

 

 

 

 

 

 

日本人的感覚で行くと「わざわざ旅程も立てて頂いたのにチケットを手配できず、本当に申し訳ございませんでした。。。」と頭をペコペコ下げたくなるところなのですが、彼らの中では基本的に一切そんな感情はありません。

 

 

 

 

 

 


その根底にあるのは、まさに「神」。何か思い通りにいかないことがあった時、それがたとえ仕事であっても、全て「神の望んだこと」に収束するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


神が望むからチケットがないのだと。そんなこともあるよね、そんな感じです。

 

 

 

 

 

 

 


生活の各所に現れるその無責任さ(神に全てを投げ出しているがゆえにの無責任さではあるのだが、日本人にはどうにもただの怠惰に思えて仕方ない)にヒィヒィ言いながら数ヶ月生きていました。

 

 

 

 

 

 

 

「だからお前らは問題解決が苦手なんだよ。そんなんじゃ他の国に置いていかれるし。いつまで4000年前の栄光にすがって観光一本でやってくねん」

 

 

 

 

 

 

エジプト人の問題解決の下手さは、適当なところで神に問題を投げ出し妥協するせいだろ、とすら思ったり。慣れないうちは本当に頭にきます。

 

 

 

 

 

 

 


しかしまぁ3ヶ月もすると不思議なことに「割とこの考え方、幸せに生きる上で合理的なのでは?」ということも思ったりするんですね。

 

 

 

 

 

 

 


例えば、すっごい嫌なことがあった時。誰にでもあるそれを「神が望んでるから」で割り切れたらどれだけ楽なことか。けど彼らにはそれが出来るんです。

 

 

 

 

 

1日に5回、たとえ雨の中でもきっちりとお祈り。電車でお年寄りを見つけたら我先に席を譲る。困ってそうな人がいたらサッと声をかける勇気。彼らの中では全部神様が見てくれてます。

 

 

 

 

 

 

 

日々の信仰がきっちり積み重なっていれば、しんどいことや悲しいことがあっても「神さまの思し召し」で割り切れる。なんだか合理的ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
どんなに体調が悪くても、挨拶の時「神さまのおかげで今日も元気です」って口にする。言霊というのは恐ろしいもので、プラスなことを言ってると、脳もプラスになりますからね。思ってなくても神さまのおかげ。口にすることで彼らはポジティブに生きているのです。

 

 

 

 

 

 

現に、カイロで人を眺めていると、日本に比べてエネルギーに溢れていて、割と幸せそうな人が多い気がします。物理的に下向いてないんですよね。みんな上向いてて。GDPとか生活の質とか、そういうものでは測れない何かが、きっとあるんだろうと。

 

 

 

 

 

ありがちな主張になってつまんないかもしれませんが、逆にどうでしょう日本人。

 

 

 

 

 

例えば電車がたった5分遅れただけでイライライライラ。(僕かて日本にいる時は1分でも遅れたら頭にくるタイプでしたが)。自分ではどうしようもないことなのに、そんなところでエネルギーを消費してしまう。

 

 

 

 

 


バイトで、就活で、「無理~~~~~!!!!」ってなった時に「ま、神様がそうしてるんやからしゃーないな😅」と割り切れたら。なんかちょっと幸福度上がりそうな感じがしませんか。ストレス減りますよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃からの信仰の裏付けがあってこその幸せ。日本人にはなかなかない感覚ですが、彼らはこうして日々に納得し(悪い面では妥協し)生きているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、いいことは見習っていこう。スマホを落としてバキフォンにしてしまった花崎、まずは「よくあることだ、神に望まれてそうなったんだ」と自分に言い聞かせます。(頭がいたい)

 

 

 

 

 

 

 

そしてアイフォンを修理に出します。3000円!安い!神様ありがとう!なんだかいい気分です。

 

 

 

 

 

 

 

返ってきたアイフォンはバッテリーが10分で切れるし、ライトは付かない。カメラの写りが異常に悪い。どうやらパーツを取り替えられた模様。仕方ないなぁ、これも神様の御望み.........

 

 

 

 


ァァァァァァァァ(ナイル川に沈む)

 

 

 

 

 

 

イスラム教徒の信仰心に敬服しながら、割れたバキフォンの画面を静かに見つめる花崎でした。心穏やかなる日々を送りたい。

 

 

 

 

(この前のジューススタンド、今度はコップで飲めた)

 

 

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