日々の砂丘

正直に書く

10日間の瞑想と、そこで決意したこと

 

 

 

 エジプトで、あるロシア人に会った話。その男は、あわただしく人々が出入りする、とても落ち着いた環境とは思えないドミトリーで、瞑想をしていた。話を聞くと、インドで瞑想の合宿に参加してきたのだとか。とても穏やかな表情だった。ただドミトリーで生活しているだけでイライラしている自分と比べて、何かがこいつは違う。そんなことを思った。瞑想に興味がわいた。その瞑想は、ヴィパッサナー瞑想と呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 インドはジャイプール、ピンクシティの異名をとるこの町の山に、瞑想センターの1つがあった。驚いたことに、キャンセル待ちになるほどの人気。キャンセル待ち登録をして、神にすべてをゆだねた。エジプトを出る直前に、参加許可が出た。必ず何かを掴んで来ようと、意気込んで参加した。

 

 

 

 

 

 

 ヴィパッサナー瞑想は、10日間のコースで構成される。興味がある人は調べていただけばいいのでここでの詳説は控えるが、とにかく10日間、ほぼ完全に、外部との接触を断つ。携帯は勿論、おしゃべりも禁止、参加者の顔をお互いに見ることも許されない。何かを書いたり、読んだり、音楽を聴いたりもご法度。瞑想の時間は一日10時間ほど。徹底的に、自己と向き合う。

 

 

 

 

 

 1日目、最初の瞑想は1時間。ひたすらに自身の呼吸を観察することを要求される。はっきり言ってなめていた。何もせず、ただじっと座って目を閉じることがこんなに苦痛でったとは。10秒、20秒、30秒・・・・もう足が痛い。背中が痛い。腰が痛い。たまらず目を開けると、数分しか経っていない。これが1時間・・・?正気か・・・・?

 

 

 

 

 

 自分の呼吸を観察していると、次から次に雑念が浮かんだ。昨日のこと、インドのこと、エジプトのこと、昔のこと、あることないこと。まるでしつけのされていない犬のように、暴れまわった。慌てて呼吸を観察しようと意識を戻しても、またすぐに、雑念がやってくる。これが、自分の心。これが、自分の薄っぺらくてちっぽけな意志力。ちょっとみじめな気分にすらなった。

 

 

 

 

 

 それでも、進歩は見られた。2日、3日と経つにつれて、じっと静かに、20分、25分と座れるようになった。心が静かで、何も考えていない状態というのは、ものすごく心地が良い。相変わらず足はしびれるし腰は痛いし、背中なんかもう「拷問か!!!」ぐらいな感じだったけど、確実に自分の意志力は増えていった。

 

 

 

 

 4日目。ここからついに、本物のヴィパッサナー瞑想が始まる。要求されることは以下の3点。

 

 

 

  • 目を閉じ、動かないこと
  • 身体の感覚を、頭のてっぺんから足の先まで、流しながらこまかく観察すること
  • 何があっても、心の平静を保つこと。痛みでも心地よさでも、一つの感覚として捉え、プラスマイナスの評価を与えることなく、ただただ客観的に観察すること

 

 

 

 これを根本ルールとして、また1時間、1時間半と、静かに座り込む。

 

 

 

 これも冗談ではなかった。いくら頭の先に感覚を集中しようとしても、足のしびれが気になる。背中の痛みが気になる。呼吸に集中していた時には生まれなかった雑念が、途端に復活してくる。痛い、厳しい、帰りたい。負の感情が頭を支配する。合宿何日目なのか、日の長さの感覚すら死んでくる。ヴィパッサナー瞑想が始まって2日目ごろまでは、本当に、もうやめたかった。10時間続くこの地獄が、あと5日?4日?・・・・

 

 

 

 

 

 

  ところがこれも不思議な話。観察をするにつれ、身体の痛みが抜けていく不思議な体験をする。同じ姿勢を取り続けているのに、身体から痛みが抜けていく。感覚というものは不思議なものである。

 

 

 

 

 

 体の感覚が繊細になるにつれて、今までは思い出したこともないような過去の記憶が、ススっと出てくる。そんな馬鹿な、とやる前は思っていたが、本当に出てくる。説明をつけようと思えばつけれる気がする。①これまで知覚していなかった感覚(つまり脳のニューロン)が知覚によって電気信号を受け、②それに反応したほかの普段使っていないニューロンが反応し、記憶を呼び起こす ということなんだろう、と一人で納得した。

 

 

 

 

 

 身体の感覚が繊細になってきたとき、自分が一番に思い出したのは、初めて、お金を盗んだ時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 小学6年ぐらいのときだったろうか。当時、PSPが周りで流行った。初代モンスターハンターで、みんなで遊んでいた。僕が持っていたPSPが、理由は忘れたけど、とにかく壊れて、左下のアナログパッドが反応しなくなった。確か落としたんだ。とにかく、新しいPSPが欲しかった。ディスクが手元にあるのに、ゲームがプレイできないのが、悔しかった。

 

 

 

 

 

 そんな時だった。欲に負けて、生まれて初めて、おじいちゃんの財布から、お金を抜いた。

 

 

 

 

 お金を抜くことを覚えた僕の手は早かった。親から、もう一人のおじいちゃんから。とにかくお金を抜いて、ついに新しいPSPを買った。当然、すぐに親にばれた。そのうえ最初はうそをついたため、それはもうひどく叱られた。

 

 

 

 

 けれど、おじいちゃんはそのことについて何一つ僕に言わなかった。当時は知らないのだろうと思っていたけど、今考えればそんなわけはない。親が言ってなかったとしても、絶対に、気付いていたはずだ(自分の財布から5000円札が消えて気付かない人間なんていないだろうに、道徳はおろか金の価値も知らない浅はかな小学生の自分)

 

 

 

 

 

 そんなおじいちゃんは、去年の10月に亡くなった。その時、僕は葬式の場でも思い出さなかった。自分が昔、おじいちゃんの財布からお金を抜いたことを。

 それがこの瞑想中に、ポン、と頭の中に出てきて、そして気づいた。

 

 

 

 

 

 僕は実は、財布のお金を抜いたという事実を、死んだおじいちゃんに謝っていなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 惨めだった。本当に、心の底から惨めだった。スーッと、頬を涙が流れていったのを感じた。みんなが集まっている瞑想ホールで、静かに泣いた。全部本当のことだ。

 

 

 

 

 

 

 そこからは悲惨だった。悲惨、というか真っ当に瞑想を行った結果なのだが、この惨めさがトリガーになって、「過去に自分が、その場の欲求や自尊心を満たそうとしたがために、自分や周りが不幸になった」記憶が次から次へと押し寄せてきた。

 

 

 

 

 

 

 小学生の時は、ちょっと周りより大人びていた分、とにかく誰に対しても嘘つきだった。中学に入ると、道を外して万引きにはまった。一緒にやっていた友達に置いて行かれたくなかった。中3で担任となる菩薩との出会いを果たして勉強に打ち込んだが、自称進学校に入ってその努力が逆に車輪を回した。あの空間では、勉強のできる人間、目に見えて努力する人間が認められた。自分の勉強に対する努力は、すべて、自分を先生に、友達に、親に認めてほしいという自尊心、自己承認欲求からくるものだった。当時の自分の口遣いや発言で正確に思い出せるものは少ないが、「ちょっと人より勉強ができる(めちゃくちゃ努力したので)」ことをバックに、どれだけ周りの人を傷つけたり、「こいつ痛いな」と思わせるような行動をとったか、考えただけで寒気がした。テストの点を振りかざし、志望校の名前を振りかざし、何人の人をあそこで傷つけただろう。臆病な自尊心と尊大な羞恥心を以って虎に生まれ変わった例の彼を、まったく笑えなかった。

 

 

 

 

 

 

 大学に入って多少落ち着いた。それでも、ドラムを上手くなろうと努力したのはすべて周りに認めてほしかったからで、ドラム自体が好きだったからではない。バンド練習は楽しかったけど、個人練習を楽しいと思ったことは、たぶんほぼない。本質は何も変わっていなかった。ヒッチハイクもそう。あんなこと、周りに誰か「すげぇ」って言ってくれる人がいなかったらやるわけがなかった。就活も、実際行く先はあったが、プライドが認めなかっただけだ。エジプトに出たころから、やっと正直に自分を見つめ始めたが、ブログにあげる文章は100%純粋な事実ではなかった。人が読んだときに面白いと思うようにちょっと盛ったり、自分が本当にその日にやったか記憶の定かではないことを書いたり。エジプトで写真を撮るときすら、自分が良いと思ったものではなく、「どれを使えばSNSで映えるか」だけを考えるようになっていた。いつしか、自分のとる行動は、自らに対する徹底的なブランディングや承認欲求で、自然さを失っていたように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 これらの事実を、瞑想中に体験した。というか、これらの記憶をたどった。その時はずいぶんと落ち込んだが、次第にすっきりしてきた。

 

   結局のところ、小学校の道徳の教科書に書いてあるようなことが大事なのだ。嘘をつかない、人の嫌がることはしない、自分の言葉に責任を持つ、など。その場の欲求でその瞬間に自分を幸せにしても、長い目で見てこうして振り返った時に、正義の鉄槌は必ず自分に向かって振り下ろされる。これは空想の論ではない。自分の人生の体験を通して描き出した、まぎれもない事実だった。教科書を読んだ時とは違う、明らかな説得力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして考えた。「この瞑想が終わり、現実世界に戻った時、自分のこれからの行動をどう変えていけるのか」

 

 

 

 

 

 

 自己啓発本を読んだり、講義を聞くのと一緒で、理想を語るのは簡単だ。毎晩聞かされるブッダやゴエンカの講話は尊い話ばかりで、多くのインスピレーションを受けた。でも、この理想だけを抱えて山から下りて、自分自身のこれからを変えていけるだろうか。きっと、昔の自分に戻ってしまいはしないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 何か具体的な行動を打ち出す必要があった。考えた。どうすれば、この惨めな自分を戒め、もっと飾らずシンプルに、正しく生きることができるだろうか。

 

 

 

 

 

 そして決めた。ツイッターFacebookをやめる。

 

 

 

 

 

 

 最近の自分を顧みたときに、問題の多くはここだった。SNS自体が悪いのではない。ただ、これを使っているときの自分は、自分を飾って、ブランディングして、投稿後の通知をチェックして・・・と忙しい。ひと時も休まらない。落ち着かない。瞑想の状態とは反対の状況に陥っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 よく考えたら、Facebookで他人の記事を見て幸せになった瞬間があるだろうか。ない。はっきり言う、ない。インスピレーションを受けることはある。純粋な憧れや、尊敬の念を抱くこともしばしば。この人はすごい、この人みたいになりたい。でも、それは幸せではない。自分がすごい人になったわけでもない。

 

 

 

 

 他人の幸せのおすそ分けを貰うことがある。誰かが結婚した、犬がかわいい、どうのこうの。表面的には幸せになる。でも、その幸せは時間差で、渇望や嫉妬、不安を生み出していた。いいなぁ、うらやましいなぁ。こいつはこんなにうまくいってる。俺は何やってんだ。やっぱり、心は休まっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ということは逆に、自分の投稿が人にこんな感情を抱かせる可能性も当然あるということではないか。いや、というか気づいていたけど、見えないフリをしてたんだ。自分を飾ってブランディングして投稿、通知を見てあたふた、見た人に欲望なり嫉妬なり嫌悪なりを呼び起こすなら、だれも幸せにならないのではないか。

 

 

 

 

 

 

 繰り返すが、自分が悪い。本質は、SNSに正直に、自然に向き合えない自分に問題があることだ。SNS自体が、正しく使えば便利であることは明らか。上手に使って折り合いをつけている人にとっては、人間関係を作る大切な道具であり、情報収集のかなめにしている人も多いだろう。でも、今の僕にはSNSは使いこなせなかった。「Facebookの花崎陸」「Twitterの花崎陸」。現実世界でまっすぐ人に向き合うのも難しいのに、このインターネットの世界で、さらに自分に負担をかけてしまっていた。逆にSNSに支配されるような自分の人生なら、もう要らない。7年分の写真をため込んだFacebookも、必要ない。

 

 

 

 

 

 

 ブッダに言わせれば「中道を行け」。右でも左でもない、極端に振れない真ん中で、調和を保てということだ。この言葉に当てはめれば、ちょっと極端な対処にも思える。飾らない自分を発信すればいい、それだけなのだ。しかし、自分の思う以上に、自分の利己心、自尊心、承認欲求はコントロールが難しい。結果として人生のバランスを取って中道を行くことを考えれば、行き過ぎた決意でもない気がする。選択には、割かし自信がある。

 

 

 

 

 

 

 ブログは続ける。何それ矛盾じゃん、という感じだが、仮にも自分の文を楽しんでくれている人がいるとするなら、自分が書くのも楽しいし、ひっそり続ければいい。ただ、そこでは絶対に自分を飾らない。そして多数の人にはシェアしない。見たい人だけが、見ればいい。いないなら、それでいい。

 

 

 

 

 

 

 目の前の人には、正直に、誠実に。小学生の道徳の教科書に書いてあるような、シンプルで当たり前なことを大事にして接する。一見つまらないかもしれないが、これが自分の人生の経験測を顧みて結論付けた「最終的には自分が幸せになる正しい生き方」なのだ。他人には押し付けず、ただし自分を幸せにすべく、僕はこのチョイスを取る。

 

 勿論「馬鹿をしない」「酒を飲まない」とか、そういうことではない。今自分にとって親友でいてくれる数少ない人に対する対応を、ほかの人にもするように心がける、それだけだ。あとで振り返った時に、幸せだったと心から思える人生を作るべく、今この瞬間を誠実に、一生懸命生きる。

 

 

 

 ツイッターはさして未練はないが、Facebookに関しては7年使ったし、ここでしかつながっていない人間も数多い。エジプトであった旅人も沢山いる。決してその人たちとの縁を切る、と言っているわけではない。連絡を取り続けたい人、純粋に近況が気になる人も多い。ただ今回のことに関しては、人生を自然に、シンプルにして、幸せに生きることがより正しいと判断した。

 

 

 これも経験則で知っているが、人生は会うべきところでその人に会うように、うまいようにできている。今、形上Facebookで縁を切った人でも、自分にとって大事な、意味のある人なら、きっとどこかで巡りあうと思う。その時に、正直な自分でその人に会えればそれでいい。会えなければ、それもまた人生だ。いつか死ぬんだし。

 

 

 

 

 

 

 この投稿ののち、ジャイサルメールに移動する予定だ。そこで、すべてを終わらせようと思う。ブログだけ、タイトルをエジプト住み込み記から何かに変えて、ひっそりと続けよう。見たい人は見ていただければもちろんうれしい。書くのは楽しいから、一人でも静かに日常を切り取って書き続ける。

 

 

 

 

 

 最後に、瞑想中に思い出したのは不幸なことだけではないことも書き足しておく。普段意識しない、これまで自分が受けた恩、助けてくれた人の顔も、数多く浮かんできた。そういう人々に少しずつ、実際に会えるかもわからないけど、物質的であれ精神的であれ感謝し、恩を返していきたいと思う。綺麗ごとにならないように、確実に徳を積んでいきたい。それが自分の幸せに繋がることも、経験則からは明白だ。

 

 

 

 

 気付けば6000字も書いてしまった。帰って自分を待つ卒論も、その気になれば案外書けるのかもしれない。インド残り11日。これまでの心の闇が徐々に薄れ、同時に将来の自分の成すべきことが、少しずつ、見えてくるのを感じている。