日々の砂丘

正直に書く

1年生の漢字

 

  実家に帰ってもすることがないので、朝起きたらぼちぼち家の仕事をして、祖父母の家に行くのが習慣になりつつある。じじばばは基本的に暇をしているので話し相手が欲しいだろうし、こちらも家で一人座っているより良い。うちの家は両親共働きだったため、僕は市内に住むじじばばに育ててもらった。そんな典型的じじばばっ子なので、一緒にいることに何ら抵抗はない。今日は久々に、ちょっとだけ遠くに住んでいる方のじじばばに会いに行く。

 

 

 

 

 

  移動手段は高校の時から乗っていた自転車。ひどく錆びているけれど、田舎道を乗る分には支障はない。自転車も1年ぶり。ちょっと寒くなってきてはいるけれど、乗っていると天気のよさもあって気分が良い。バイクとは違う、ゆったりとしたスピードで風を切る。ちょっと遠い、と書いたじじばばの家までは、15分ぐらいのものだ。

 

 

 

 

 

  着いてすぐ、車がないことに気付いた。出かけているのかと思ったが、じじばばはご在宅。もう今年の初めに車は手放してしまったらしい。80歳を超え、身体の衰えを感じつつあったのだろうか。周囲で高齢者のひき逃げも相次ぐ中、決断したそうだ。あっぱれ。勇気のいる決断だっただろうが、人生のゴールテープを切る直前に、意図せずして犯罪者になるよりはましだ。子が説得したのかなんだか知らないが、結果的には良かったように思う。

 

 

 

 

 

 

  家の設備はどんどん新しくなっていた。手すりが増えて、トイレが綺麗になって、洗面台がまるっきり変っていて。終いには仏壇まで新しくなっているから驚きである。判断力が落ちて、誰かに望まぬお金を使わされているのでは?と疑問に思ったが、本人たちはいたって幸せそうなのでこれもまぁいいか。変な話、これだけ現世に固執があるなら、まだ長生きしてくれそうだなとも思った。

 

 

 

 

 

 

 

  祖父母宅の玄関から見えていた畑には、いつの間にか知らない家が建っていた。古い家が立ち並ぶこの地区に、突如現れた銀色の四角いデザインの家は、どこか間抜けで、見ていると可哀そうになる。もともと畑だったのを知っているだけに、余計に滑稽に思える。

 

 

 

 

 

  祖母のよくわからん話を聞きながら飲む緑茶が美味い。誰誰さんのお孫さんがどこどこに就職した。へー。その「誰誰さん」が誰だかわからないので、突っ込みようもない。向こうは話を聞いてほしいだけなので、相槌とともに聴きに徹する。田舎の噂話はすさまじい。あの1時間で聞いた話、どこかで何かとつながるといいのだけど。

 

 

 

 

 

  しばらくすると、いとこが遊びにやってきた。この辺の小学校に通っているのは知っていたが、よく考えたら登下校時にじじばばの家を通るのだった。そういえば、僕がエジプトにいる間にいとこが一人新しく増えていて、その子にもじじばばの家で初めて会った。今は7か月なのだが、僕の顔を見て一瞬で泣き出した。そんなに人相悪いか俺。結局、抱っこすら無理だった。んなもんこっちから願い下げだ。

 

 

 

 

 

 

  さて、下校途中のいとこ、じじばばの家にて宿題を始めた。あかねこ漢字スキルなる懐かしいものを取り出し、「森の中」というなんとも言えないフレーズをノートに書いていく。結構字が上手。何年生なのか尋ねると、1年生という答えが返ってきた。

 

 

 

 

  へぇ、1年生の時って、漢字書いてたんだっけ。そんな質問を1年生のいとこにしてもどうしようもないのだが、思わず訊いてしまった。1年生って、ひらがなカタカナまでなんじゃないの。漢字を1年生で習う。どうも記憶にない。いや小学生のころの記憶なんてとっくの昔に改ざんされているのだろうけど、後から入った情報を含めても、1年生で漢字を書くという印象は自分の中に全くなかった。

 

 

 

 

 

 

  手元のアイフォンで文部科学省の学習指導要領を見ると、「小学校第1学年」の項目には80字の漢字が並んでいた。木、口、糸、月、金、1から10の漢数字など。なるほど、おそらく今後の学習の足掛かりになるように、漢字の「偏(へん)」にあたる部分を中心に練習していくらしいことが分かった。

 

 

 

 

 

 

  ちなみに、個人的に気になったのは「自分の時代に小学1年生は漢字を学習していたのか」ということだが、これはどうやらしていたらしい。ネットで「1977年以前は40字だったものが倍増した」との記述を発見した。ということは習っているはずだ。記憶の修正は恐ろしい。大学生のくせに、何かの事実を確認するうえで、ネットの情報を鵜呑みにしている自分はもっと恐ろしい。卒論でこんなことはできぬ。

 

 

 

 

 

 

  目の前で「森の中」というフレーズを書くいとこを見ながら、エジプトで、ムハンマドに漢字の仕組みを教えた際、「森」という漢字を使ったことを思い出した。最初に「木」という漢字の形から意味を連想させて、その後に「森」を引っ張ってきて、漢字の象形文字としての性質を解説した。1問目の木の意味推測は外すも、2問目の森は正解した。アルファベット、つまり表音文字が基本であるアラビア語話者のムハンマドには興味深い話であったようで、その後いろいろ質問を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  今、目の前で「森の中」を反復するいとこは、「森」の成り立ちを知っているのだろうか。さすがに先生が教えるかな。「中」も連想しやすいし、漢字の学習指導要領はその点よくできているなぁと感心した。うんちくおじさんにもなりたくないので、「字上手いね~」と褒めるおじさんになった。いとこがどや顔でムハンマドに「森」という漢字の成り立ちを説明するさまを想像して、ちょっと笑ってしまった。小学1年生、侮るなかれ。