日々の砂丘

正直に書く

アイデア失踪

 

 

  「風呂の中やトイレの中はアイデアが生まれやすい」よく言われる話だ。トイレに関してはあまり実感したことはないけれど、風呂は分かる気がする。ただ、具体的にどんな思い付きがあったのかと問われると、答えに窮する。覚えていないからだ。出てきたアイデアが、風呂を上がるころにすっかり消え去っている。結局忘れてしまうという経験が多すぎて、「風呂で考え事をすると良い」と一般的に言われていても、実行には移そうとしない。

 

 

 

 

  昨日、風呂に入っていてある考えを思いついた。が、御多分に洩れず忘れた。ものすごく有益だったような気がしたので、風呂を上がってからもしばらく考えていたのだが、なんせ思い出せない。実際はどうでもいいことだったと割り切って(大半のことはどうでもいいのだが)、考えるのを辞めた。ゴミ出しで外に出る際、コロンビアの靴を履こうとして、何を考えていたか思い出した。アハ体験!!!!すぐにスマホにメモした。

 

 

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  昨日の午前中、暇なのでスポーツショップ(地元の小さいやつ)に足を運んで、店内をぶらぶらしていた。僕はいわゆる山岳用品を見るのが大好きだ。山で使うものは機能性が高くてデザインもシュッとしているし、「山だけで使うには勿体ないでしょ。。。」と思わせるものが多い。

  山岳用品との出会いは、ゴアテックスの登山靴だった。バイク用の靴に使っていたが、雨の日も快適に乗れるようになったし、捻挫防止のハイカットのおかげで、事故をしたときに足の怪我は軽かった。それ以来、山岳商品への信頼が厚く、ショッピングモールに行った時は大抵モンベルやコロンビアの店に入り浸っては、物欲を掻き立てられている。

 

 

 

 

  そこでその日に目にしたのが、酸素缶だった。吸ったことがあるが、意外に効く。山においては最早プラシーボ効果ではなく、身体がすっと楽になる。頭痛が治る。これに救われたことがあったなぁと思いながら、その時は素通りした。

 

 

 

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  夜、TOEICの勉強をしていた。僕が今持っているスコアは一昨年のそれなので、更新しておかないと後の就活で面倒だ。馬鹿馬鹿しい話なのは百も承知だが、日本のシステムなのだから仕方ない。まぁそれは置いといて、とにかく最近は人生で初めてTOEICと正面から向き合って勉強している。

 

 

 

 

 

  TOEICの問題は、はっきり言うとコンディションが良い時に冷静に解いたら、普通に解ける。別に嫌味とかではなく、一応外国語学部だし。最大の問題は2時間ぶっ通しの集中である。過去、3度受けたが、3回中3回寝ている。原因はそもそも対策を一切してないのでやる気にもならないし後半面倒くさいし・・・である。

  が、今思い返せば、二日酔いとか朝バイト明けとか、とにかくコンディションが悪い。ただの言い訳。というわけで、今回1月に受けるTOEICは、それなりに勉強して緊張感を持って、コンディションを整えて臨んでみよう、ということになっている。これで点が出なければ言い訳できない。

 

 

 

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  さて、勉強にも飽きたので風呂に入った。実家の風呂は最高だ。前に住んでいた下宿は大好きだったけど、風呂だけは実家が良い。さすがにユニットバスでは、実家の風呂には勝てぬ。風呂にはだらだら浸かる派。じーっと入っていて、ふと思い付いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TOEICに酸素缶持っていくと良いのでは」

 

 

 

 

 

 

  まったく関係ないTOEICと酸素缶が、ポンっと結びついたのだ。「いやいや、でも試験中に酸素缶吸ってるバカは全国どこを探してもおらんだろ。そもそも試験中に吸えんだろ酸素缶」とセルフ突っ込みを入れた。入れながら、「いや、でも試験前に吸うことはできるよな。あれでリスニング中にぼーっとすることを防げるなら投資の価値があるよな。少なくとも試験前に喫煙してる人に比べたら賢いよな?」

 

  あら不思議、だんだんTOEICに酸素缶を持っていくことが真っ当なことに思えてきた。それどころか、「てか逆になんで俺センター試験に酸素缶持って行かへんかったんやろ」とかいうことまで考え始めた。頭を使うのだから、糖分と酸素を補給するという発想は至極真っ当だ。ただ、酸素が当たり前に身の回りにあるから、エキストラ酸素を補給しようという発想に至らなかっただけだ。本当に大切なものは失ってから気付くのだ、あっぱれ山登り。。。。この辺りでアホらしくなって、考えるのをやめて、そしてすっかり忘れて、コロンビアの靴を見て思い出したのだった。

 

 

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  最近の実感として、「アイデアを見殺しにしている」というのがある。よく考えると、以前は、こういうしょうもない思い付きは軽くブラッシュアップしてツイッターに落としていたのだ。タイムラインですぐに流されるが記録としては残る。何かと人に見られるからあまりにもくだらないことは書けないが、それが一種の緊張感にもなる。そこで価値の線引きもできる。

 

 

 

 

 

  最近はどうだ。言語学習、ドラム、今後のことに関しても、アイデアや疑問を色々思いつく。多分、エジプトとかインドで見たものが、今の日本での経験に引っかかる部分がある。今まで思いつかなかったことが突如出てくる。気がする。

 

  が、見殺しにしている。せっかく出てくる思い付きを頭の中で転がして、そのまま忘却の流れに乗せて逃がしてしまっている感がある。勿体ないし何かしないとなーと思いながら、何も対策をしていない。携帯のメモに書けばそれまでなのだが、なんだか締まらない。いっそ思い付きをまとめる専用のメモ帳を一冊でも作ろうかと思っているが、重い腰が上がらない。「どうせ途中で飽きて、よくわからない使いかけのノートになるんだよ」と心のささやきも聞こえる。今までの経験上、その通りだ。。。。

 

 

 

 

 

 

  そういうアイデアをブログにあげようか。いや、そもそもこの前書いたように、「日々の砂丘」は砂が堆積したときにそれを形にする場所で、アイデアや発見をある程度昇華したものがここに表れてしかるべきだ。そのアイデアをどこかに逃しているから問題なのだ。やっぱり、どこかに低次レベルの思い付きを纏めるシステムが要りやしないか。あ、下書きに書けばええんか。けど人には見えんからな。何れにしても要検討課題である。。。

 

 

 

 

 

  とか、こんなことを考えるぐらいには時間を持て余して生きている。追いコンの練習せな。