日々の砂丘

正直に書く

最近のこと

 

  更新が滞ってしまった。12月6日以降の出来事について。前半は細かく、後半は雑記。

 

 

 

 

  • ビール工場の話(サッポロ)

12月8日に、日田のサッポロビール工場見学に行った。実は大分県にビール工場があることを知らなかった(恥ずかしい)。日田は地元中津から山の向こうにある。朝8時半に中津を出て、暖房の効かない地獄のようなバスに1時間半揺られ、さらに日田駅から30分歩く(タクシーに乗れるほど裕福ではない)。途中寒すぎて叫んだ。せめて日田駅から観光バスを出してくれ。

 

 

 

 

 

日田は名水の地、ビール以外にも日本酒など地酒が有名。次は弾丸じゃなくてじっくり時間をかけて来てみたい。大分の観光地の中でも別府とトップを争う湯布院という街があるが、最近はその湯布院と日田の間で観光バスが結ばれたらしく、湯布院帰りと見える観光客が多く日田にやってきていた。

 

 

 

ビール工場に着くと、黒ラベルとエビスの缶(でかい)がお出迎え。

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受付を済ませて、そのまま黒ラベルツアーへ。「黒ラベル」というのはサッポロビールがつけた名前だと思っていたのだが、ちがうらしい。黒いラベルの「サッポロびん生」を販売していた時に、お客さんたちがビールを「黒ラベル」と呼び始めたのがきっかけとのこと。そこ逆なのね。いかにサッポロの黒いラベルが日本人に親しまれてきたかよくわかるエピソード。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、ビールが北海道で醸造されるようになったことにもちゃんと理由がある。明治時代、開拓使として北海道に派遣された人たちが、ビール開発の任務を担った。それもそのはず、当時は冷蔵庫など存在しないので、ビールを低温で貯蔵するうえで気候(言わずもがな北海道は寒いので)はとても重要だったのである。ちなみに、黒ラベルの星マークは開拓使のシンボルマークでもある。 

 

 

 

 

 

 

続いて製造過程の見学。発酵、というのが実はよくわかっていなかったのだが、要は「ビール酵母が糖を分解して、炭酸ガスとアルコールを生産すること」らしい。

 

 

 

 

 

ちなみに、最初に麦芽と水を混ぜて「甘い麦茶」のようなものを作り、これをろ過したものを、上記の通り発酵させる手順だ。このろ過の過程で一番最初に取り出されたものが「一番搾り麦汁」であり、これを使ったキリンのフラッグシップこそ「一番搾り生ビール」だ。サッポロの話をしろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一回の発酵で作れる缶ビールの数は実に14万本というからびっくりである。自動瓶詰機は、1分間に500本の瓶詰を行う。工場の中で人がかかわる部分は、最終の目視確認(割れていないか、ひびが入っていないか、適量のビールが入っているか)だけとのこと。工場見学自体久しぶりだったけど、こんなに自動化されているとは。小学校の時にダイハツの工場見学行ったときはまだ人が手作業でネジ締してた気が。

 

 

 

 

 

 

試飲では、20分で3杯のビール(しかもでかいグラス、おつまみつき)を飲ませてくれるから最高。工場のビールは一番うまい状態で出てくる。ぐいぐい飲んで、そのままエビスツアーへ。

 

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エビスツアーでは、エビスビールにまつわる歴史や、東京にある日本最初のビアホール(銀座)を模したゾーンが興味深い。日本におけるビールはオランダ人が長崎に持ち込んだのが最初らしいが、日本人による醸造が本格化したのは明治時代に入ってから。富国強兵政策でドイツに留学した日本人が醸造技術やドイツ人醸造氏とのコネを持ち帰り、製造が本格化した。

 

 

 

 

 

 

当時のビールの値段はかけそばおよそ10杯分。庶民には到底手の届かない高級品だったが、ビアホールのオープンや醸造技術の向上、貯蔵技術の確立により、ビールは徐々に庶民にも広まる。

 

ブレーキがかかったのはそのあとだ。大戦時、税金を集めるべくビールの酒税が高くなったほか、終戦前にはついにビールそのものが配給制になり、各社ビールは姿を消す。

 

 

 

 

 

復活は戦後。アサヒやキリン、そして黒ラベルが世を席捲する中、多くのファンの希望に応え、エビスは再びその姿を現す(1971年?要確認)。現在はアサヒスーパードライキリン一番搾りサントリープレミアムモルツと並び、激戦の4社の一角を担う。

 

 

 

 

 

 

歴史を知るとよりビールが美味い。エビスも試飲の名目で3杯頂きました。ぐいぐい。現地のサーバーでいれてもらう工場直送のビールはやっぱうまい。さすがに短時間で飲み過ぎたらしくへべれけに。帰りのバスも暖房が効かず死ぬかと思ったが、なんとか夜には中津に帰宅できた。

 

 

 

 

 

 

 

  • JTBの説明会に行った

 

別にJTBの就職を検討してどうたらという話ではないのだが、ちょうど大阪に行くタイミングで大規模な説明会をやっていたのでついでに行ってきた。何も考えずに夜行バスからそのまま私服で乗り込んだのだが、みんなスーツ。2回目の就活とは思えぬ滑り出し。

 

 

感想としては、「JTBって旅行会社だと思ってたんだけどそうじゃないのね」というところ。(そもそもJTBは昨年からグループ統合をしたり、会社の方針を転換するなどしていたらしい)。まぁ今更旅行会社とか言っても、今はネットに情報も腐るほどあるし、スカイスキャナーなりエクスペディアで航空券取って自分で行くのが主流よね。

 

生き残りをかけたJTBの考えた新方策が「人と人を結び付けて、そこで価値を生み出す、交流創造事業」。へぇ。「それSNSで15年前からやっていることでは?」的なアレ。そこはJTBの情報網とこれまでの旅行業のデータ蓄積を生かしたあれこれがあるのだろう。同業他社とも比べながら見ていこうかね。

 

 

 

 

 

  • ビール工場見学(キリン)

こんな短期間で工場見学に2回行く人間もそうそういない気がするのだが、キリンの工場が神戸にあって、そこから有馬温泉が近いというなら行くしかない。そもそも前回の工場見学が楽しかったのと、あれだけうまいビールが飲めるなら・・・という思いに駆られて2セット目。

 

 

キリンの見学は、バスのお出迎えから強烈だった。ラガービールバスって。最高。

 

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工場入り口にはキリン。

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ツアーは、こちらは体験型。ホップを触らせてくれたり、匂いをかがせてくれたり。一番興味深かったのは、「一番搾り」の麦汁と、そのあとにお湯を加えて薄めた「二番絞り」の麦汁の味の差。全く違う。これも紙コップで両方飲ませてくれたが、見た目から味までこれほど違うとさすがに驚く。キリンは工場内撮影オッケー。窯がでかい。

 

 

 

 

 

 

試飲は、一番搾り一番搾りプレミアム、ハートランドビール、1番絞り神戸づくりなど。神戸づくりは初めて飲んだけど、ブドウの香りがする。マジかい。ビールは、比べて飲むと本当に全然違う。日頃の飲み会では何が出ても美味いし飲むけど、こんなに違うとなるとちょっとこだわりたくもなる。ちなみに僕はキリンのラガーが好き。

 

 

 

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そういえばオヤジとビールあてクイズ(プレモルスーパードライ一番搾り)をやったが、プレモルしか当たらなかった。ビールの味で銘柄を当てれるようになりたい。

 

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そういえば前はバイクでよく行ってたんだけど、交通機関を使っていくのは

初。ひたすらにゴロゴロした。有馬ビールは飲みやすいけど、ビールに期待する味ではなかったような気がした。金の湯の源泉は初めて入ったけど、濃いのかなんなのか、身体がピリピリした。梅田からバスで1時間かからなかったのは衝撃。有馬は近い。

 

 

 

 

 

  • 眼鏡を買った

ずっと昔から右目が悪いことには自覚があった。検査の結果、左目1.0、右目0.2以下。利き目は左なので大きな問題もなかったが、ピントが合わないなどの弊害も少しずつ感じ始めていたので、人生で初めて眼鏡を購入。結果から言うと今年一番いい買い物だった。これまで、ものを見るのに相当苦労してきたことが判明した。左右の視力差がなくなると相当楽で、頭痛も治った。乱視も矯正したので、本や新聞を読むのが楽しくなった。

 

 

 

 

あとは余談と備忘録の雑記。

 

 

 

 

・最近恐れおののいているのが、「エジプトの記憶が消えかけている」こと。今回の帰阪では何人か大阪に帰って初めて会う人がいたのだが、その人に「エジプトどうやった?」と訊かれても何一つ気の利いた話ができない。ブログ読み返して、鉄板の話を3つぐらい準備しとこうと思った。

 

 

 

 

 

 

・来年は日記を書く。これは心に決めた。日々生きていて、全く記憶が残ってないことに気付いたので。記憶もないし成長の実感も一切ない。1日終わった時に昨日よりちょっとマシな自分でいてほしい。読書も終わったらメモをつける。日本に帰ってから読んだ本すらあまり内容を覚えていなくて戦慄したため。

 

 

 

 

・無駄な時間の投資を辞めたい。暇なときにグーグルじゃなく追いコンの練習して。あと瞑想を最近さぼっている。効果は自分の身体で実証済みなんだからもっと時間作る。

 

 

 

 

 

 

・前回も書いたように、日々の思い付きの芽を次から次に忘れるので、何とかしよう思ってボイスレコーダーを買ったりした(追いコンの練習を良い環境で録音したいのもあった)。メモと併用してメモリ不足(ヒソカ談)対策。

 

 

 

 

 

・帰阪の際、日本に帰って初めてスタジオインした。楽しかった。が、ドラムのリハビリが喫緊の課題であることが判明した。

 

 

 

 

 

・ブログを短く書く練習をする。千字ぐらいのコラムみたいな形で。いつも見切り発車するのでこんな無駄に長くなる。構成を考えてから文を書きだすようになりたい。あと最近絶望的に漢字が書けないのもなんとかしたい。

 

 

 

 

 

    来年一番やりたいことは卒業。来年度1年間は経済的に独立する準備をし(必ずしも就職活動という形とは限らないと考えている)、あとはふんだんにある時間を上手く使って今しかできないことをする。つもり。口で終わらぬように頑張れ来年の自分。